2026年9月10日木曜日
「鷲田清一折々のことば」3612を読んで
2026年4月7日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3612では
落語家五代目古今亭志ん生の随筆「テクッて三年」(宮﨑智之編『精選日本随筆選集 歓喜』所収)から、
次の言葉が取り上げられています。
うれしい前にはきまって、心配事や悲し
いことがあるんです。
そう言われれば、確かにそうかも知れない。思わず膝を打ちたくなるような言葉です。
望外の喜びは例外としても、些細な喜び、じわじわとにじみ出るようなうれしさは、それこそ、ちょっと
した憂いや悲しみの後に、フワッとした感じで、やって来るように思われます。
だからそのようなうれしさは、もしかしたら、前提の憂いや悲しみなしには、体感することの出来ない
ものかも知れません。
心配事や悲しいことで落ち込んだ心が、意外性を伴った、些細な喜び事にも感応して、うれしさや幸福感
を生み出すとでも言うように。
ですから、心配事や悲しいことがなければ、些細なこと、微かなことに喜びを感じ取れないのかも知れま
せん。そう考えると、日々の心配や憂いも、先の喜びに結びつく、貴重な機会であるように感じられます。
2026年9月3日木曜日
夏目房之介著「マンガはなぜ面白いか その表現と文法」を読んで
本書の第Ⅰ部は、NHK「人間大学」で行われた著者による講義のテキストで、第Ⅱ部は、一般大学で行われ
た講義録に基づいています。所謂著者による、マンガ学の入門書です。
まず著者夏目房之介は、かの文豪夏目漱石の孫で、奇しくもと思われますが、本書出版から約30年を隔てた
現在、日本のマンガは、世界的な広がりを見せる代表的なコンテンツとなり、大学にマンガ学部が出来てい
ることから考えても、著者は、マンガを学問する先駆者と言ってもいいでしょう。
本書を読み終えて、この頃は間遠になっていますが、小さい時からマンガ、アニメに親しんできた私にとっ
て、今まで漫然と楽しんで来たものの、魅力の秘密がスルスルと解き明かされるような、爽快感を味わう
ことが出来ました。
なんと言っても、本書の核心は第Ⅰ部で、第1章マンガ隆盛の謎で取り上げられている、現代マンガの父
手塚治虫のマンガがなぜ読者を惹き付けたかという部分で、彼の描く目の表情がそれ以前のマンガとは決定
的に違うという指摘に、ハッとさせられました。
確かに、彼以前の『のらくろ』などのマンガにおいては、キャラクターの目は黒い点で表現されて、表情が
単純化されているために、きめ細かい感情表現が出来ません。勢い、ストーリーも単純化されて、説得力の
ある複雑な物語を生み出すことが出来ませんでした。ところが手塚は、ディズニーや宝塚歌劇の影響を受け
て、明解で細やかな感情表現を有する、魅力的なキャラクターを生み出したのです。これ以降、マンガの
表現領域は格段に広がり、個性的な漫画家たちの切磋琢磨もあって、世界規模の読者層を獲得するに至った
のです。
その他にも描線の工夫、「吹きだし」を始めとする言葉の表現法、「コマ」の構成など、読者を惹き付ける
表現効果を生み出す技法は色々とありますが、目の表情の獲得は、現代マンガ誕生の核心の秘訣のように
感じられました。
元々日本には、『鳥獣戯画』とマンガの親近性が指摘されるように、水墨画から発展した線によって絵を
表現する文化がありました。また、最近の情報化が進んだ高度資本主義社会では、物語の世界においても、
単純化、スピーディー化されたものを好む人々を増加させ、映画、テレビでも、実写を含めマンガ、アニメ
を原作にしたものが多く見られます。時代は確実に、マンガ的なものが好まれる傾向を示している故に、
マンガを学問することの重要性も、益々増しているように思われます。
2026年8月26日水曜日
武田百合子著「遊覧日記」を読んで
武田百合子は、小説家武田泰淳の妻だった人で、彼の死後日記文学作品の出版で評価を得て、随筆家と
して活躍したそうです。私はそもそも、武田泰淳の小説を読んだことがなく、当然百合子の名も知りま
せんでしたが、彼女の出世作「富士日記」の評判をどこからか聞いて、まず本書を手に取りました。
読んでみて、その独特のとりとめの無さ、綿でくるむようなフワッとした感触が、心地よく感じられま
した。しかし気楽な物見遊山、世間語りというのでもなく、作者には肩を張らず本質を見抜く、観察眼
があります。その結果この日記文学は、人間の日々の営みに潜む、機微哀歓を滋味深くあぶり出してい
ます。
まず作者は、まだ娘が小さかった頃、家族で暮らしていた夫の実家の寺に、会津から奉公に来ていた
女中の若い女性に習って、あちこちを遊覧すると宣言します。その女性は、休みの日に誰も知り合いの
いない都会で、好奇心の赴くまま色々なものを見て回り、場の雰囲気になじんで目一杯満喫して帰って
きたそうです。
作者もその振る舞いを理想として、無垢な心で貪欲にあちこちを見て回り、感じたことをありのままに
綴ろうというのです。正にそのようなスタンスで、訪問先の情景が記されてゆきます。現在からすると
一昔前なので、各所の風物も興味深いですが、特に彼女が訪れた先で接する人の描写が素晴らしいと感
じました。
例えば上野東照宮の章で、東照宮ぼたん祭りを訪れて牡丹を観賞していた彼女が、句会を催している
グループに遭遇し、その中の和服の女性が、集合の合図があって急ぐ余りに、石畳につまずき倒れる
場面。着物をかばうために頭から突っ込み、衣裳が直接地面につかないように、頭で身体を支えてじた
ばたしながらも力尽きて、石畳の上に平たくなる滑稽な描写。その後に続く、何事も無かったように立
ち上がり、微笑んで集合場所に向かう様子は、その女性の羞恥の入り交じった矜持を感じさせます。
あるいは、京都で作者の女学生の頃の恩師と会う場面。事情は分かりませんが、彼女とその娘は、夫の
墓参に京都を訪れる度に、恩師に会い、食事をごちそうになるという。先生に高価なものをおごらせて
はならないと気遣いながらも、ついつい食べたいものを口に出してしまい、先生に余分の出費をさせて
しまいます。そのやり取り、関係性が、両者の絆を感じさせます。
本書の写真は、作者の娘武田花が担っていて、文章と合わさって、独特の雰囲気を醸し出しています。
2026年8月20日木曜日
「鷲田清一折々のことば」3610を読んで
2026年4月3日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3610では
編集者白石政明の『ケアと編集』から、次の言葉が取り上げられています。
「あれかこれか」という閉じられた問題
設定そのものに穴を開けて、問いの外に
出る力をその人に差し出そうとしている
例えば患者は、病苦のみならず、なぜ私に不幸が降りかかるのかという「答えのない問い」
にも苦しんでいるという。それを「素手でガッシと」受け止める看護師は、悲観的なこと
でも敢えて明るく伝えるとか、元気に振る舞うとか、矛盾した受け答えになる。苦しみの
受け止め方を変えるには、問いの変換が必要という意味で、上記の言葉が語られている
ようです。
これは大変難しい問題です。理不尽な苦しみに囚われている人を如何に勇気づけ、希望を
もたらすことが出来るか?私の脳裏には、オー・ヘンリーの短編「最後の一葉」が想い
浮かびました。
病気によって生きる希望を失った女性は、ちょうど晩秋の頃、窓から見える壁に伝う植物
の最後の一葉が散ったら、自分も死ぬと考えます。そのことを知った友人の老画家が、嵐
の最中にその壁に一枚の葉を描いて、女性に生きる希望を取り戻させ、自らは嵐に打たれ
て体力を失い、死を迎えるという話です。
ケアをする側も、自らが身体を壊しては元も子もありませんが、「問いの外に出る力」を
悲嘆に暮れる看護される立場の人にもたらすという意味で、「最後の一葉」には象徴的な
意味があると感じます。
2026年8月12日水曜日
2026年8月度「龍池町つくり委員会」開催
8月11日に、第8回「龍池町つくり委員会」が開催されました。
今年龍池学区が当番年である、時代祭の行列について、学区民に準備からの詳細を知ってもらう催しを
開催するかどうかについて、委員会で検討しました。委員長の私が提案したのですが、町費からの積み
立て金によって、原則9年に一回(今回はコロナ禍や順延によって12年ぶり)運営されるこの行事の
内容を、学区民に知ってもらうことには意義があると考え、提案した次第です。
私は、9月24日、25日当たりの午後6時もしくは午後7時からⅠ時間程度の予定で、当学区の行列の担当
である装束店の社長様による説明と、平安神宮からお借りすることが出来れば行列のビデオの鑑賞、
座談会方式による、以前行列に参加された方の体験談披露という内容で、この催しを提起しましたが、
各委員からは、催事に携わって頂く方との予定調整を行い、実際の時代祭の日時も迫っているので、
行列を担う学区の関係者の承諾を得られるなら、この催しを実施してみよいという結論を得ました。
8月29日に開催される「龍池えむえむ夏祭り」については、子供向けのゲームを担当するスタッフが
不足気味なので、今回委員会に参加されている南先生グループのメンバーに、重ねてお手伝いをお願い
しました。現在はその内1名の方の参加が確定したところですが、更なるメンバーの協力を期待してい
ます。
南先生グループからの報告として、10月18日(日)午前10時から12時の予定で、「アサギマダラの観察
&フジバカマ植え付け体験会」を開催するというお話がありました。これは、龍池学区の大原郊外学舎
を利用して、既に植え付けられているフジバカマが開花し、蝶が訪れると思われる同日に、蝶の観察と
翌年向けに新たなフジバカマの株を植えるという催しで、対象は当学区限定10組のファミリー、参加費
は一家族1000円というものです。8月中にチラシ、ポスターを制作してもらって、各町に配布、経費に
ついては町つくり委員会で応分を負担するということになりました。
2026年8月5日水曜日
「鷲田清一折々のことば」3602を読んで
2026年3月24日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3602では
美学者・会社員難波優輝の同紙の連載「にじいろの議」への寄稿(3月11日夕刊)から、次の言葉が
取り上げられています。
私たちは、技術を前提とするのではなく、
技術の意味を問わなければならない。
私たちは今尚、技術の発展への信仰に囚われているのではないか?新しい科学技術、医療技術が開発
されればもてはやし、それで社会が今よりも良くなると信じ込む。
確かに、技術の発展によって生活の質が向上したり、社会活動が効率的になったことは多々あるで
しょう。でもそれが万能薬であるかと言えば、違うのでは無いか?
例えば、SNSの発達は、遠く隔たる多くの人が一瞬のうちにつながり、また親しい人とも直接に会わ
なくても、逐一意思の伝達を行うことを可能にする。でもそこにはフェイクや扇動のリスクがあり、
親密な個人間の関係においても、SNSにかえって縛られたり、いじめの原因になったりするリスクが
ある。
医療技術の発達は、人間の寿命を飛躍的に伸ばし、我々の死生観を根本的に変えたように思われる
けれど、その反面、生命の尊厳への感覚を鈍らせ、ひいては倫理観の欠如や、生きる目的を見失う
ような傾向を生み出しているように感じられる。
今正に、AIが行く末の人間社会に絶大な影響力を行使し、人間を支配するようになる未来が危惧さ
ているけれども、技術の止めどない発展を前提にするのでは無く、長いスタンスでの真に人間の利益
になる技術を賢明に選択して、それのみを発展させるシステムを構築すべきではないか?そのような
思いを強くするこの頃です。
2026年7月29日水曜日
落合東朗著「香月泰男 シベリア・シリーズを読む」を読んで
作品をあまり観たことはありませんが、香月泰男の名前を知っているのは、「シベリア・シリーズ」という
彼の代表作の名を覚えているからです。また、シベリア抑留というかつて日本が経験した、第二次世界大戦
敗戦後の惨禍を私が心に留めるようになったのも、彼の「シベリア・シリーズ」がきっかけでした。
それほどに、香月といえばこのシリーズの認識を持っているけれども、具体的に彼がどのような体験を経て、
それはつまり、シベリア抑留とは如何なるものであったかも含まれますが、これらの絵画を描くに至ったか
に強く興味を引かれて、本書を手に取りました。
全体を読み終わって、まずシベリア抑留という出来事自体は、体験者にとって大変理不尽なことであるけれ
ども、この戦争全体を俯瞰して見た場合、彼らは被害者であり、かつ加害者の一面を持つことが分かります。
つまり、中国に侵攻した日本軍の兵士は、徴兵によってやむを得ず戦地に駆り立てられたにせよ、侵略戦争
の一翼を担う現地民にとっての加害者であり、敗戦後は正統の理由も無く、無理矢理に厳しい環境の中での
強制労働につかされた被害者なのです。
この事実は、戦争というものが救いの無い悪行であることを如実に示しますが、実際の抑留体験者は、如何
なる心境でこの囚われの苦行に耐えたのか・その答えが香月にとっての「シベリア・シリーズ」であると思
われます。
絵画の色彩の基調は、必然的に黄褐色と煤けた含みのある黒によって占められ、代表的な作品は、その中に
悲嘆に暮れるような重く厳めしい表情の、記念碑的な人物の顔と手が浮かび上がります。正に人間の性や業
を刻印しているように思われ、しかしそこに時折垣間見えるヒューマニティーと詩情が、沈みがちな表現に
アクセントを与えています。一度観ると忘れられない作品群です。
香月が入隊後程なく満州に派遣されて、厳しい初年兵の境遇から一転敗戦を迎え、ロシア軍の捕虜となって
早期の解放を信じながらもシベリアの極寒の地に連行されて、満足な食事も与えられずに過酷な労働に従事
させられる。望郷の念と絶望に囚われながら、死を迎える者を間近に見て、香月は何を感じ、帰国後の使命
としたか?
「シベリア・シリーズ」が明らかにするのは、彼が戦前も戦中も戦後も、変わらず誠実な画家であり続けた
ということです。
2026年7月22日水曜日
打越正行著「ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち」を読んで
岸正彦著「生活史の方法」に触発されて、初めて読んだ生活史調査の書です。本書は、沖縄の社会の周縁部に生きる
若者の生活史の記録ですが、打越は、沖縄の暴走族の少年集団のパシリ(使い走り)となって親密な関係を築き、彼
らの生活に密着して以降の人生を追います。その結果、彼らの肉声に届く希有の調査記録が生まれたと感じます。
普通彼らの生態を描く書があったとしても、書き手が一定の距離を置いた所からのぞき込むように記述しているのが
一般的で、外面をなぞるだけで、彼らの生活の内情に十分に肉薄しきれていないのが多いと推察されます。ところが
本書では、文字通り著者が彼らの仲間内になって、一緒の生活を体験することによって、彼らと喜怒哀楽を共にし、
当事者に寄り添うようにして記述されています。
そこで明らかになるのは、貧困や劣悪な家庭環境から彼らが学習意欲や学校での居場所を失い、暴走行為で一瞬の
快楽を得るために仲間で集まってグループを結成し、グループ卒業後は解体屋など、肉体的に厳しい建設業に従事
するか、風俗経営者など違法すれすれの職業に就いて、生計を立てるということです。
生活条件が厳しいだけに、彼らの生は刹那的であり、暴飲、ギャンブル、薬物、金銭、女性トラブル、ヤクザとの
いざこざ等、彼らが身を持ち崩す危険はそこここに散見されます。また彼らの仲間の女性は、主に風俗店で働き、
一緒になった男によって搾取されたり、薬漬けにされたりの危険と隣り合わせで生きています。
このように私たち外部の者から見ると、彼らの生活は恵まれないものであるように思われますが、打越の目を通して
見ると、彼らは地元に護られて先輩後輩のしっかりとした秩序の中に生き、危ないながらも子供を中心として、幸せ
な家庭を築こうと奮闘しているように思われます。特に女性たちは、子供が生まれると、きっちりとした生活設計を
立てようとするところが健気でした。
本書の若者たちの生態から明らかになるのは、本土の発展から取り残された沖縄の旧弊、本土から受ける差別の実態
などであるでしょう。特に私たち本土の人間が知ろうとしなかった、沖縄社会の実際を目の当たりにすることが出来
たことは、大変有意義なことであると思いました。
本書を著した、暴走族の若者と親しくなれる希有の社会学研究者打越正行は、若くし2024年に亡くなったと言います。
大変残念です。
2026年7月15日水曜日
2026年7月度「龍池町つくり委員会」開催
7月14日に、第6回「龍池町つくり委員会」が開催されました。
まず、6月27日に実施した、「役行者山の会所見学会」の結果報告を行いました。午前の回、午後の
回共に、役行者山世話役の林様に紹介された方も含めてですが、参加者は定員の20名に達し、学区内
でも、祇園祭に関心のある方は多いことが確認されました。この結果を受けて、来年も役行者山の
見学会を続けるか、あるいは、鈴鹿山、鷹山の見学会を行うか、検討をすることになりました。
また新たな催事として、私から「時代祭を知ろう」の開催を提案しました。これは、龍池学区が、
コロナ禍もあり今年度が10年ぶり(通常は9年)の時代祭の当番に当たり、学区民の代表者が参列する
ことになるので、広く学区民の方に時代祭とはどのような祭りで、どのような準備を行うかを知って
もらうことが必要であると感じて、実施を提案したものです。委員会で検討の結果、開催に賛成が過半
に達したので、どのような形で実施するかも含めて、更に検討を重ねることになりました。
南先生からは、大原郊外学舎で地元の方の協力を得て、「蝶を呼ぶプロジェクト」の準備を進めている
こと。具体的には、フジバカマの苗を頂いて学舎の敷地に植えたので、今年10月にはその苗が開花して、
蝶を呼ぶことが可能で、10月に来年用のフジバカマの種蒔と同時に、学区の子供向けに、蝶の観察会を
実施する計画であるということでした。
また、南ゼミグループのゼミ生による、祇園祭に際しての役行者山手伝いについては、後祭り宵山期間
にちまき等授与品の販売の手伝い、それに先駆けて、ちまき制作、展示されている懸送品等の説明用
キャプション作りを行うということでした。
前回の委員会で提案していた「学区便利マップ」作りについては、紹介する店が全て町会に入っている
かを確認することが難しく、町会費で運営されている「町つくり委員会」で制作することは難しいと
いう結論に達し、寺井委員より学区内の史跡、石碑等を紹介するマップにしてはどうかという提案が
あって、他のメンバーの賛成もあって、その方向でマップ作りを進めていくことになりました。
2026年7月10日金曜日
2026年7月5日付け「天声人語」を読んで
同日付け朝日新聞朝刊「天声人語」では、アメリカ大リーグの「ロボット審判」導入の話題が取り上げられ
ていて、大変興味深かったので、このブログで感想を記することにしました。大リーグでは本年より、審判
のボール、ストライクの判定に、打者や捕手が異議があるときには、自分のヘルメットを手でトントンと
二度たたいて、「ロボット審判」に真偽を判定させる制度が導入されました。実際に導入されて、現在まで
5400件余りの事例の内、約半数が球審の判定が覆ったという結果が出ていますが、導入までに綿密な
準備がされたこともあって、「誤審」の批判は余り出ていないそうです。更には、野球という競技の性格上
「ロボット審判」によって2次元でのストライクゾーンの判定の正確性を求められる部分と、投手や捕手の
技術と打者の駆け引きを、審判が肉眼と経験から公平性を持って判定することが野球の醍醐味である、と
いう側面があって、観客も十分にそれを理解して、補助的手段としての「ロボット審判」を受け入れている
ようです。そしてこのような人とAIの共存の仕方が、競技を楽しみながら、正確性を記するという良い事例
になっているのではないかと、「天声人語」の執筆者は記しています。AIの急速な発達によって、これから
私たち人間はAIとどのように付き合っていくべきか、ということが色々と議論される昨今ですが、スポーツ
という限定された場面であるとは言え、示唆に富む事例であると感じられて、取り上げてみました。
2026年7月2日木曜日
「鷲田清一折々のことば」3593を読んで
2026年3月10日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3593では
20世紀フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの『道徳と宗教の二つの源泉』から、次の言葉が取り
上げられています。
無くてはすまぬものをなおざりにしたわ
けではないが、無くてもすむ潤沢のほう
へ意を用いすぎた。
つまり蒸気機関の発明以降の産業主義は、人間が抱える切実な欲求を満たす恩恵をもたらしたが、
その一方で贅沢の追求まで突き進み、「それが満たすべきさまざまな欲求の間の軽重の度」を疎か
にしてきた、とベルクソンは言うのです。
産業革命は、私たちの生活を飛躍的に豊かにしました。それ以前の庶民の質素な生活からは、隔世
の感があります。しかし資本主義は、欲望を次々に創出していく機能を持っています。一つのこと
が満たされたなら、それに関連する次の欲望を生み出すというように。
その結果私たちは、現在では色々な工業製品に囲まれるようになって、最早新しく欲するものがなか
なか見出せない状態になっているように思われます。
そのような飽和状態は、一見豊かさを表わしているように感じられますが、その実必要でないものを
ため込んでいたり、本来なら自分で工夫して作ればいいものを敢えて既製品で代替して、無駄に労力
を惜しむことになっていることも多々あると思われます。
このような生活は、人間が知恵を用いたり、労働に勤しむ創造的で健康的な暮らし方を妨げている
ように感じられます。矢張り利便性も程度の問題。今日で言えば、AIの活用法などもこれに関わって
くるように思われます。
2026年6月25日木曜日
渡邊雅子著「論理的思考とは何か」を読んで
物事の論理を考える時、論理的思考法は大変重要であると考えます。しかし反面、論理的な考え方一辺倒
では、温かみがないように感じます。論理的思考という言葉はいつも念頭にありますが、さてどういう
思考法かと問われると具体像が浮かばないので、本書を手に取りました。
本書は、難しい概念を簡潔に整理して描いていると思います。それ故私のような専門知識の乏しい人間に
も、概要は理解出来ました。
最初に置かれた西洋の思考パターンを考察する序章では、哲学の論理と思考法という部分に、大いに興味
をそそられました。無論私がこういう思考方法に無知ということなのですが、例えば、「愛」「死」など
漠然とした大きな命題に対して、一つの対話を通して思考を組み立てていく論法は、想像力に富みスリリ
ングで、自分が経験したことがないだけに、一度試してみたいとかんじました。
著者が序章にこのような項目を選択したことからも分かるように、論理的思考法という言葉は西洋由来で
ある故に、私たちは、合理的にものを考える方法は何でも、西洋的に習うべきであると思いがちですが、
本書の第一章以降では、順序立てて「経済」「政治」「法技術」「社会」という、それぞれの領域に適合
した論理的思考法を、なぜそれが相応しいかも含め、紹介しています。
私なりに大約しますと、経済の論理では、アメリカの作文エッセイに見られる効率性重視と確実な目的の
達成のために、まず最初に主張を置き、事実としての根拠を示し、結論では主張を繰り返す。政治の論理
では、フランスの作文ディセルタシオンに見られるように、矛盾の解決と公共の福祉を重視して、主題に
関わる全体構成の提示から始まり、弁証法を用い全体の議論をまとめ、次の問いへと導く方法で終わる。
法技術の論理では、イランの作文エンシャーに見られるように、真理の保持を絶対的な命題として、主題
の背景を語ることから始まり、主題の説明へと進み、諺、詩の一節、神への感謝のいずれかで結ぶ。社会
の論理では、日本の感想文に見られるように、書き手と読み手の共感の醸成を重視して、書く対象の背景
から始まり、書き手の体験を述べ、体験後の感想を記するというものです。
それぞれの領域に相応しい思考法が、それに基づく教育を重視する各国の作文の形式に示されることは
率直な驚きであり、それぞれの国が養成する思考法の形式が、國の世論や政策、行動様式にも強い影響を
及ぼしているであろうことを知り、思考法というものの奥深さを感じました。
2026年6月17日水曜日
開高健著「夏の闇」を読んで
開高健というと、私も雑誌連載時に愛読した、釣りを巡るルポルタージュ作品を思い浮かべます。そこ
には躍動的な釣りの描写と共に、現地の社会情勢、風俗までをもうかがわせる、奥行きのある表現が
展開されていました。本書は一転、彼によるベトナム戦争従軍取材から一時離脱し、再び戦地に赴く
までの合間の心の動きを捉えた、純文学作品です。
主人公は、ベトナムで戦場の圧倒的な現実に打ちのめされ、生きる目的を失い、放心状態となって、
ドイツと思しき異国に暮らす日本人女性の元に転がり込みます。そしてそこでの愛欲、食欲、睡魔に
まみれた自堕落な生活から、彼が再び立ち直り、自らを鼓舞して、戦場への復帰を決意するところで
本書は終わっています。
この小説を読んで私が一番感銘を受けたのは、彼の精神が立ち直るきっかけとなった、湖でのパイク
釣りの描写です。ルポルタージュ作品でもお馴染みの、抒情と迫真感に満ちた適確なペンさばきで、
パイクの大物を釣り上げるまでを生き生きと表現しています。彼はこの行為を通して、生の実感を再び
呼び覚まされるのですが、この描写は単に、この小説のストーリー上の転換点であるだけではなく、
開高という作家の文学作品におけるものの感じ方や、その表現方法を適確に示しているとも感じられ
ます。
というのは、彼は現地の取材や釣りなどという現実の体験に基づいて感じたことを、想像力に委ねる
のではなく、あくまで体感を通して表現するのが巧みな小説家であり、それ故本作でも釣りの描写は
歯切れがいいが、その箇所以外の全編を構成する主人公の心の動きを追う描写は、ただ無為な行為を
繰り返すことのみに振り回されて、それが作者の意図であるとしても、読む者には空しさだけが残され
るのです。
もっとも、本書が著されたベトナム戦争当時は、まだ第二次世界大戦の余韻も冷めやらず、その上での
新たな戦争の勃発という絶望感が充満していたかも知れず、この小説はその当時の日本社会を覆う一部
の空気に呼応し、読者の共感を得たかも知れません。
現代の読者の私としては、主人公がひたすら続ける自暴自棄の行為に辟易すると同時に、主人公に付き
合わせられる女の、男に都合の良い描かれ方に、抵抗を覚えずにはいられませんでした。
2026年6月10日水曜日
2026年6月度「龍池町つくり委員会」開催
6月9日に、第5回「龍池町つくり委員会」が開催されました。
6月27日に迫った「祇園祭役行者山会所見学会」の申込者は、現在午前の部が12名、午後の部が9名で、
役行者山町の林様よりお申し出があった10名と合わせて、午前20名、午後20名の募集定員に近づいて
います。6月8日に林様のお誘いで、役行者山会所に寺井委員、長谷川委員、私の3名で事前説明を受け
に伺いましたが、同じ学区内に居住しているにも関わらず、役行者山の実際の懸装品や絵図、御神体
等を拝見しながら詳しい説明を受けると、祇園祭の一端が実感を持って理解出来たように感じました。
今回の委員会では、これらのことを報告し、南先生の町つくりゼミグループからも、見学会当日に
手伝いの人員を出して頂くことをお願いしました。先生からは、祇園祭の期間に昨年と同様、ゼミ生
が役行者山の手伝いをするという報告があり、役行者山関係者との関係が密接になることを、好まし
く思いました。
まだ決定事項ではありませんが、8月29日に開催される「龍池夏祭り」の出演プログラムに、まだ空き
があることから、連合会長の辻本様より何か出し物に心当たりがないかと相談を受けていたことにつ
いて、以前大原の町つくり委員会の会合に参加させて頂いた時に、大原の自治連で和太鼓のサークル
活動が行われていることを聞いたことを踏まえて、寺井委員よりこのグループに出演していただいた
らどうかという提案があって、大原の自治連副会長の辻様に問い合わせたところ、和太鼓サークルの
渉外担当の是恒様をご紹介頂き、是恒様と直接にお願いすると、前向きに検討するというお答えを
頂きました。
今回の委員会では、出演が決定した場合に、御礼や、遠方から来て頂く段取りなどを委員会のメンバ
ーで龍池自治連の会計担当である澤野様に伺いました。南先生からは、大原でのアサギマダラの観察
会の準備のために、大原自治連の西村様が、大原郊外学舎にこの蝶が好むフジバカマを植えて、管理
も引き受けて下さるという報告がありました。
私が制作を提案していた「龍池便利マップ」については、南先生グループより準備のための活動を開始
するというお話がありましたが、寺井委員より当委員会の資金でマップを制作するには、どのような
対象をマップに記載するかを厳密に決めなければいけないという提案があり、この件の開始は、次回の
委員会まで持ち越すことになりました。
2026年6月3日水曜日
「鷲田清一折々のことば」3568を読んで
2026年2月2日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3568では
作家堀江敏幸の随想集『音の糸』から、次の言葉が取り上げられています。
相手を立てるだけではない形で厳しく仕
事に向き合い、結果として他者への気遣
いに満ちた音を生み出す。
生涯に渡り歌手の伴奏に徹したピアニストが、最後に一度シューベルトの曲をアレンジしたⅠ分
35秒の演奏を披露したのですが、その演奏は、「角がまったくない、すべてを包み込むやさしい
情熱に満ちた音」を響かせたそうです。
筆者は、その音に自分の言葉もいつか近づけたら、と思ったようですが、伴奏者も一流の人は、
歌手を立てながらもそれだけでは終わらず、歌い手と一体になって、音楽を完成させるのだと感
じます。
私は音楽には詳しくありませんが、例えば能楽なら、シテ(演者)が舞う時に伴奏の役割を果た
す地謡の担い手の人々は、鼓、笛などの楽器と一体となって、シテと呼吸を合わせながら、一つ
の曲を作り上げます。その場合、シテの技量は言うに及ばず、地謡、楽器の一人一人の巧拙も
その曲の出来映えを決定します。
それと同じように音楽においても、優れた伴奏者は、ソロでも表現出来る技巧を持ち合わせて
いるということなのでしょう。控えめな中に、優れたものを潜めている人は、私にとっても魅力
的です。
2026年5月28日木曜日
岸政彦著「生活史の方法」を読んで
生活史調査の第一人者による、実践的な方法の指南書です。
私自身、急速に衰退しつつある私の属する和装業界の、これまで培われた文化を記録することに興味が
あるので、本書を手に取りました。
そもそも生活史とは何かということから、実際の調査の進め方、編集し、記録を本、冊子として残すまで、
懇切丁寧に記されていて、著者の生活史調査に掛ける想い、この活動を広めたいという情熱が、伝わって
来ます。また本書を読んで、著者のものをはじめとして、実際の生活史調査から編まれた本を、読んでみ
たくなりました。
そもそも今なぜ生活史が注目されているのかというところに、現代社会に問い掛けるべき大きな問題性が
あります。SNSの発達によって、巷には信憑性を疑われるものまで含め情報が溢れ、社会の意識は浮ついた
状態で、確証も無く漂っているように感じられます。何が現実であるかも定かで無い状況で、地に足の付
いた庶民の日常を丹念に記録し、分析することは大きな意義があるでしょう。そのような要請に応える
べく、生活史調査が求められているのだと推察されます。
さて本書を読んで、第四章「語りの聞き方」が一番読み応えがありました。これは矢張り語りの聞き方
こそが、生活史調査の実践の核心部分で、この巧拙が結果の是非を決定するからでしょう。聞き取りに当た
り、聞き手は如何なる態度で語り手に向き合うべきか?そもそも語り手は時間を割いて、自分の人生や体験
を語ってくれるということ自体が、大変有り難いことであり、聞き手はそのことを十分に了解して、相手に
接しなければなりません。
それ故に、語り手がリラックスして気持ちよく、あるいは胸のつかえを取り払うように語ることが出来る
ために、聞き手はどんなタイミングで相づちを打つべきか否か、話の内容に質問をすべきか否か、語り手の
一般的な発言や、差別的表現に如何に対応すべきか、聞き手は相手に自分のことを積極的に語るべきかなど
の課題が出てきます。
このような懸案に対して著者は、語り手に決して強要はしないが、語ることを促すという意味で、積極的に
受動的になること、語り手の話の内容に一方では意識を集中させながらも、他方では話が円滑に進むように、
聞き取り全体の中で今どの位置にあるか、内容の位置状況を意識する、ピントを合わせない集中を提起して
います。
2026年5月20日水曜日
「鷲田清一折々のことば」3578を読んで
2026年2月16日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3578では
NHK・Eテレの番組「スイッチインタビュー」(2月6日放送)での俳優・市川実日子との対談から、
ピアニスト・藤田真央の次の言葉が取り上げられています。
あんなに時間にルーズなイタリア人が、
あんなにパスタのゆで時間完璧とか
これは分かります。民族によって、譲れない価値観があるということですね。
例えばイギリス人の卵のゆで時間へのこだわりとか。我々日本人も、最近は全自動の炊飯器で
お米を炊く場合が多いけれど、お米を炊く時間には随分、こだわりがあったはずです。
この場合は、美食、食べ物への執着ということだけれども、それ以外にも、行動の規範や物事
に対する価値観に、それぞれのこだわりがあるはずです。
日本人は、何かと礼儀正しく、きちきちとしていて、その価値観から見ると、イタリア人は時間
観念がルーズであるように思われるかも知れないけれど、彼らにとって大切な事においては、
厳格で、研ぎ澄まされた感覚を持っているに違いありません。
そういう意味でも、見聞や体験を広め、柔軟な価値観を持つことが必要であると、思われます。
2026年5月13日水曜日
田淵安一著「西の眼東の眼」を読んで
田淵安一は、私は知りませんでしたが、戦後早い時期にフランスで評価を受け、活躍した抽象画家だ
そうです。従って、何の予備知識もなく本書を手に取ったのですが、この本の構成としてはⅠ「毎日
が今日」が、彼の生い立ちからフランス留学、画家としての地位を確立するまでの、時系列を後先に
させながら回想する随筆、Ⅱ「視る・考える」は、彼がフランス滞在の中で出会った、歴史的建造物
美術、遺物を巡る考察を記した文章をまとめたものとなっています。
彼の絵画作品も事前には知らないで読み進めたので、手探りの読書といったような覚束ない側面も
ありましたが、彼の先輩に当たるフランス滞在の日本人画家藤田嗣治や、同時代の岡本太郎について
は、作品にも親しんでいるので、彼らが共に活躍した戦後直ぐの時期のフランスの世相、美術関係者
の様子が知れて、興味深かかったです。
彼のフランスでの活動以前では、個性的な父母との関係や、早熟な成長環境も、芸術家の揺籃期の
エピソードとして気を引かれましたが、特に出国から船旅の記述に興味を持ちました。まだ連合国に
よる占領期で、出国許可を受けるのも容易ではなく、いざ船に乗り込んでも、船倉と大差ない四等
客室です。しかも、途中で船が停泊するアジアの国々は、反日感情が強く、船外に出て息抜きをする
ことも出来ません。敗戦後直ぐの日本人の寄る辺無さ、それでも敢えて海外に出ようとする田淵の
覚悟の程が感じられて、読む者も勇気づけられる気がしました。
また彼は抽象画家ですが、対象をまず感覚で捉えるのではなく、思索的な画家であることが、本書を
読んでいて推察されました。例えば、Ⅰの中の6「仕事の文化」では、フランスの町の石造りの文化
と、日本の町の木造の文化を比較して、造りの相違故のそこに暮らす人々の仕草の違い、そこから生
まれた条件、美意識の相違故の絵の具、画材の違いについて論じています。
この建材や建築様式、遺物など、物を起点とした西洋文化の成り立ちの考察、そこから敷衍した東洋
文化との差違、共通点に思いを巡らせる態度は確かに思索的で、Ⅱを読むと、彼の絵画制作の基底を
なす、思想を垣間見る思いがしました。
2026年5月7日木曜日
有本利夫著「もうひとつの空ー日記と素描-」を読んで
有本は個性溢れる画風を確立した洋画家で、私の好きな画家の一人です。しかし将来を嘱望されながら、
わずか38歳で夭折し、その画業は現在では既に、伝説と化しつつあります。
その作風はイタリアのフレスコ画の影響が顕著で、古色をまとい、時が止まったようでありながら、画面
の奥から音楽が流れてくるように軽やか、懐かしさとユーモア、そして詩情を感じさせるものです。
若くして亡くなったために、私の抱くイメージとしては、作風とも相まって、無垢で神に好まれる存在と
いう認識がありました。
本書は副題にもあるように、日記の抜粋と素描、発表した文章の断片をまとめたものです。レイアウトも
素晴らしく、詩画集の趣があります。
本書を読み終えてまず感じたのは、有本が次々と浮かぶイメージを、作品に描き込んでゆくひらめきの
画家ではなく、日々のたゆまぬ研鑽と葛藤の中から、絞り出すようにして作品を生み出す、努力の人で
あるということです。日記の中で彼は自らの怠惰を常々戒め、叱咤しながら画面に向き合っています。
他方彼には、先人の画家たちから学び、導き出した確固とした美意識があり、制作においては一切の妥協
を廃して、高みを目指していました。
もう一つ彼の作風と切り離せないのは、作品に宿る宗教性です。これは彼の絵画が、ピエロ・デラ・フラ
ンチェスカの影響を受けていることから、キリスト教的とも思われがちですが、単に特定の宗教を越えて、
もっと普遍的な宗教性に根ざすものであうると、推測されます。
この点は本書の中に、「普遍性ないし通俗性」という表題で掲載されている文章が、分かりやすく彼が
自らの絵に込めようとした精神を解説していると、思われます。つまり、最近(1960年代から70年代、しか
し現代にも十分に通じます。)の美術は、承認欲求あるいは難解さに傾倒して閉鎖的になって、風俗や流行
への安易な対応が目立つ。このような状況下において、古典美術を改めて眺めてみると、時代も、風俗も、
宗派を超えた普遍性、個人的ではなく、「人類は」「人類なら」といった、広い意味での通俗性が感じられ
て、何とも言えない心地よさ、安心感を与えられる。自分はそのような絵画表現を目指したい、という主旨
です。
彼の絵画制作の秘密の一端を明らかにしてくれる、好著です。
2026年4月30日木曜日
「鷲田清一折々のことば」3543を読んで
2025年12月17日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3543では
自ら幼くして視力、聴力を失いながら、その障害を克服して、障害者の権利の向上の為に奮闘した、
作家で政治活動家、ヘレン・ケラーの『もしも3日間だけ目が見えたなら』から、次の言葉が取り
上げられています。
明日には目が見えなくなるかもしれない
と思って、世界を見てください。
彼女は、「もし3日間だけ視力が与えられたら、まず自分を支えてくれた大切な人を見たい、翌日は
人類のこれまでを見るため博物館や劇場を、3日目は働く人を見るために大都会を訪ねたい」と言っ
たそうです。
彼女の場合は特別な例としても、誰しも自分に与えられている能力、条件、環境を当たり前のことと
考えて、それに対する感謝を怠り、注意を払わず、安易な日常を過ごしがちであると思われます。
自らの恵まれていることに気づき、その希少な機会を無駄にしない為に、人生に真剣に向き合うこと
が出来たなら、その人の生き方は、自ずとより意義深いものになると思われます。自壊を込めて、
そのように感じます。
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