2026年9月3日木曜日

夏目房之介著「マンガはなぜ面白いか その表現と文法」を読んで

本書の第Ⅰ部は、NHK「人間大学」で行われた著者による講義のテキストで、第Ⅱ部は、一般大学で行われ た講義録に基づいています。所謂著者による、マンガ学の入門書です。 まず著者夏目房之介は、かの文豪夏目漱石の孫で、奇しくもと思われますが、本書出版から約30年を隔てた 現在、日本のマンガは、世界的な広がりを見せる代表的なコンテンツとなり、大学にマンガ学部が出来てい ることから考えても、著者は、マンガを学問する先駆者と言ってもいいでしょう。 本書を読み終えて、この頃は間遠になっていますが、小さい時からマンガ、アニメに親しんできた私にとっ て、今まで漫然と楽しんで来たものの、魅力の秘密がスルスルと解き明かされるような、爽快感を味わう ことが出来ました。 なんと言っても、本書の核心は第Ⅰ部で、第1章マンガ隆盛の謎で取り上げられている、現代マンガの父 手塚治虫のマンガがなぜ読者を惹き付けたかという部分で、彼の描く目の表情がそれ以前のマンガとは決定 的に違うという指摘に、ハッとさせられました。 確かに、彼以前の『のらくろ』などのマンガにおいては、キャラクターの目は黒い点で表現されて、表情が 単純化されているために、きめ細かい感情表現が出来ません。勢い、ストーリーも単純化されて、説得力の ある複雑な物語を生み出すことが出来ませんでした。ところが手塚は、ディズニーや宝塚歌劇の影響を受け て、明解で細やかな感情表現を有する、魅力的なキャラクターを生み出したのです。これ以降、マンガの 表現領域は格段に広がり、個性的な漫画家たちの切磋琢磨もあって、世界規模の読者層を獲得するに至った のです。 その他にも描線の工夫、「吹きだし」を始めとする言葉の表現法、「コマ」の構成など、読者を惹き付ける 表現効果を生み出す技法は色々とありますが、目の表情の獲得は、現代マンガ誕生の核心の秘訣のように 感じられました。 元々日本には、『鳥獣戯画』とマンガの親近性が指摘されるように、水墨画から発展した線によって絵を 表現する文化がありました。また、最近の情報化が進んだ高度資本主義社会では、物語の世界においても、 単純化、スピーディー化されたものを好む人々を増加させ、映画、テレビでも、実写を含めマンガ、アニメ を原作にしたものが多く見られます。時代は確実に、マンガ的なものが好まれる傾向を示している故に、 マンガを学問することの重要性も、益々増しているように思われます。

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