2017年3月31日金曜日

漱石「吾輩は猫である」連載を読み終えて

2017年3月28日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載224をもって
物語が完結し、連載が終了しました。

考えてみると、私は随分久しぶりにこの小説を再読した訳ですが、物語の印象は
前回と全く違ったものでした。前回読んだ時には少々理屈っぽいけれども、肩ひじ
張らぬ、他愛のないおとぎ話といったイメージで、それだけ私自身が幼かったので
しょうが、今回はユーモアや皮肉をまぶした中にも、漱石の批評精神や未来予測と
いったものが透けて見えて来ました。その奥深さに、新たな感銘を受けました。

また朝日新聞での、これまでの一連の漱石の再連載作品と比較しても、「吾輩は
猫である」は、その他の作品が漱石特有の含羞によって、とかく重苦しくなりがち
なのに対して、孤独の影やうら悲しさも時折湛えながら、諧謔の力によって明るく
弾けていて、好ましく感じました。漱石が自らの精神的なリハビリのために執筆した
というのもうなずけます。

この小説の何とも言えない明るさは、文章の流れるようなリズム感、歯切れの良さに
因るところも大きいのでしょうが、この独特の文体は落語や漢詩の影響を色濃く
受けているには違いなくても、同様に西洋の文学や詩歌から学び取ったエッセンスも
強く反映されているように感じられます。

また上述の諧謔性にしても、それは落語的な滑稽さや哀感だけではなく、西洋的な
批評精神から発する皮肉を内に含むユーモアという要素も、確かに持っていると
思われます。その証拠に、それ故の苦さも読後感には含まれるのです。

いずれにしても漱石は、西洋文明が我が国に流れ込んで来たその時に、真っ先に
身を挺してそれを受け止めた作家であり、日本の文化が近代から今日に至るまで
その葛藤のなかに形成されて来たことを考え合わせると、今なおその核心の部分を
体現する作家であると、今回改めて感じました。

2017年3月29日水曜日

鷲田清一「折々のことば」706を読んで

2017年3月26日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」706では
動物行動学者日高敏隆の「生き物の流儀」から、次のことばが取り上げられています。

 ぼくを研究に駆り立てていたのは、じつにつまらない「うれしさ」だった。

このことばは何も研究に限らない、一般の仕事にも当てはまるのではないでしょうか。

例えば私は考えてみると、日々の仕事の中で小さな喜びの積み重ねの中に、やりがいを
見出しているように感じます。

出来上がった品物をお客さまに直接手渡す時、その品物を目の前にしてそのお客さまが
発せられる喜び、あるいは満足の言葉と表情、更にはお客さまの手元に出来上がった
品物をお送りした後、そのお客さまから感謝のお電話を頂いたり、わざわざ御礼状を
寄せて頂いた時など・・・。

私たちの店の一般のお客さま向けの商品が、相対的に一点づつの誂え染めで、品物が
実際に出来上がるまで、果たしてその品物がご注文主のご意向に沿う色に、染め上がって
いるのか分からないので尚更ですが、出来栄えに満足したというお客様のリアクションに
触れると、こちらもほっとすると同時に、この仕事をお受けして良かったと、改めて感じます。

あるいは、染め職人さんとの関係においても、私が指定した通りの色に、更には私が予想
した以上の色に品物が染め上がった時、また染色整理に携わる職人さんに品物を
このような風合いに仕上げてほしいとお願いをして、その職人さんの経験と工夫によって、
こちらの望み通りの仕上がりが実現出来た時など、ご注文主のお客さまが満足される
様子を想像して、喜びを感じます。

このような一つ一つの小さなうれしさが、仕事のやりがいを生み出しているのだと、上記の
ことばを読んで改めて気づかされました。

2017年3月27日月曜日

細馬宏通著「介護するからだ」を読んで

人間行動学者による、介護現場での介護する人、される人の身体動作から明らかに
される介護の方法論です。より深くは人間論にも通じると感じられます。のっけから介護を
身体動作から考える視点が新鮮でした。

介護というと私も、介護保険のケアサービスの助けを借りながら母を自宅で介護して
いますが、日常の介護では母の状況とその対処という視点に傾きがちで、日々をいかに
無事にやり過ごすかということに追われて、介護の本質とはいかなるものかを考える
余裕はありませんでした。

しかし、このように余りにも表面的な部分に留まっていては、介護をしてやっている、して
もらっているという施し、施される関係に囚われて、介護される人にとっての充足を生み
出せていないのではないか。本書を読んでそんなことを考えさせられました。それだけ
介護施設でのベテラン介護職員と入所者の遣り取りは、介護はどのように進められる
べきかの示唆に富んでいるように感じられます。

本書の現場観察でまず私の印象に残ったのは、認知症の入所者が食事を始める時、
本来は自分で箸を持って食べることが出来る能力があるのに、なかなか箸を手に取る
きっかけがつかめず、食事を前に躊躇している折に、目の前で職員が箸を持つ仕草を
示せば、その入所者も箸を持って食べ始めることが出来るというシーン。

またこの入所者が食事後食器の乗せられたトレーをキッチンまで運ぶ折に、両手で
トレーをつかんでいるために手が自由に使えず、結果弱った足腰を立ち上がらせることが
出来ず、その場に固まっている時、職員がトレーを移動させることによって入所者の
両手を解放させ、立ち上がらせてから改めてトレーを持たせて運んでもらうシーン。

このような場面で私なら、いたずらに言葉で相手を急がせたり、あるいは勝手に自分で
かたずけてしまうだろうと思われて、はたしてどちらが介護される人に満足を与えるかと、
考えさせられました。

もう一点印象に残ったのは、アール・ブリュットの制作現場で、絵画の広い余白を細密に
黒く塗りつぶす折に、予め制作者が小さな枠をこしらえて、その範囲を丹念に塗り、それが
終了すればまた枠をこしらえて塗るということを繰り返しているシーンで、かつてアール・
ブリュット絵画の途方もない塗りつぶしの労力に驚嘆した私は、人間というものは自身の
能力で可能な目標を設定するならば、その達成を繰り返すことによって驚くべき成果を
得ることが出来るということに、改めて気づかされる思いがしました。

色々な部分で、新たな気づきをもたらせてくれる、刺激的な書でした。

2017年3月25日土曜日

細田守監督映画「おおかみこどもの雨と雪」を観て

細田守監督の主要作品の内、この映画だけ観そびれていたので、テレビ放映を機会に
観てみました。

観始めてしばらくすると、ジブリ映画に親しんでいる人は感じると思うのですが、この
作品が宮崎駿監督の「となりのトトロ」や「もののけ姫」へのオマージュであると思えて
来ました。

おおかみこどもの雨と雪二人の体内に宿るおおかみとは、勿論凶暴さも有しますが、
汚れなさや自立心を内包する野性の象徴であり、彼らは体内に、現代人の多くが最早
失ってしまった、そのようなある種危険な本能を宿しているがゆえに、苦しむことに
なります。

「となりのトトロ」の主人公たちが生きた時代には、まだ普通の子供が妖怪やおばけと
交感出来たのに、雨と雪が生きる時代には、体内におおかみを育てる限られた子ども
しか、そのようなことが出来ない。引っ越して来た田舎の廃屋同然の家での雪のはしゃぎ
ぶりとさつきとメイの同様の屈託のなさは、このことを端的に表わしているでしょう。

現代の森で、自然を守る主の役割をおおかみとなって引き受けることを決意した雨は、
「もののけ姫」のサンのようにもののけの助けを借りることも叶わずに、たった一人で森を
守らなければなりません。

この映画のもう一つの主要なテーマ、母と子の絆と自立の物語という観点から見ると、
おおかみの血を継ぐ子供たちを、母の花が、おおかみ、人間いずれとしても成長出来る
可能性がある場所として、都会を離れ、自然の豊かな田舎で育てることを決意する点が
重要です。

花が慣れぬ田舎で人一倍の苦労を引き受けて、この特別の子供たちを育てた故に、
彼らはそれぞれにおおかみとして、人間として自立して生きる道を見出すことが出来たの
でしょう。

現代社会における子育てということについても、考えさせられる映画だと、感じました。


2017年3月22日水曜日

デミアン・チャゼル監督映画「ラ・ラ・ランド」を観て

監督賞、主演女優賞を始め、アカデミー賞を6部門で受賞した、今話題のミュージカル
映画です。

私はミュージカル映画をあまり多く観ている方ではないので、どの場面が過去のどの
作品のオマージュか、ということはよくわかりませんが、この映画の冒頭、アメリカの
広大なハイウェイで渋滞したおびただしい自動車の中から、突然ドライバーや乗り組ん
でいた色々な人種の人々が飛び出して来て、それぞれが個性を主張しながら、全体
として統制の取れた力強く、ダイナミックなダンスを披露するシーンを観た途端、間違い
なくこの作品は秀作であると、予感しました。

ストーリーは極めてシンプル、成功を夢見る男女が惹かれ合い、すれ違い、そして夢を
叶えながらも余韻の残るラストが待っている・・・。しかし承知のように、話の筋を追う
のが目的の映画ではなくて、主演俳優の魅力、音楽、歌唱、映像の美しさと素晴らしさ
を、それらを申し分なく引き立てる絶妙の演出と共に観る作品なので、観終ってすぐに
もう一度観たいと思いました。

これも映画によくある展開なのですが、売れない女優、あるいは女優の卵が成功の
階段を駆け上がって行く様子を、その映画に主演出来るだけの評価を得ている気鋭の
女優がみずみずしく演じる、この複雑な入れ子状の演出も、作品に美しい万華鏡を
覗き込むようなきらめきを添えるのに、一役買っているように感じました。

ラストの、セブのジャズバーを偶然夫と共に訪れたミアを前にして、彼が二人にとって
忘れられないメロディーをピアノで奏でるシーン。そこで走馬燈のように流れる、回想、
願望の入り混じったイマジネーションに富む切れ切れの映像には、二人の万感の思いが
凝縮されていて、人生の哀感の絶妙な表現に、胸が詰まりました。

映画というものが、観客にとって日々の生活の憂いをしばし忘れ去らせてくれる、白昼夢
の無限製造装置であることを、久々に思い出させてくれる、素晴らしい作品であると、
感じました。

2017年3月20日月曜日

漱石「吾輩は猫である」における、迷亭の未来記

2017年3月15日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載216では、
苦沙弥先生の文明論を受けて、将来必然的にこの国の家族関係が希薄になると結論
付ける、迷亭の次のような未来記が展開されています。

「「・・・親類はとくに離れ、親子は今日に離れて、やっと我慢しているようなものの個性の
発展と、発展につれてこれに対する尊敬の念は無制限にのびて行くから、まだ離れなく
ては楽が出来ない。しかし親子兄弟の離れたる今日、もう離れるものはない訳だから、
最後の方案として夫婦が分れる事になる。」」

この未来記の前半で迷亭先生は、将来人間は自分で死を選択しなければ、死ぬことも
出来なくなるというような、物騒なことも語っていました。

でも、この彼の一見荒唐無稽な未来記は、150年後の今日の社会情勢に照らしてみると、
あながちでたらめとばかりも言えません。

実際日本人の寿命が飛躍的に伸びて高齢化社会に突入し、長生きはいいけれども、
認知症の問題や家族の介護負担の増大、高齢者の孤独死の問題など、様々な深刻な
問題が明らかになって来ています。また、回復の見込みのない病に侵された患者が、
自分で死を選ぶ権利といったことも、最近取り沙汰されています。

話を家族関係に転じても、先ほどの高齢化の問題も踏まえて、核家族化による親子関係
の希薄化、離婚の増加による母子家庭の貧困化の問題など、国民の経済的、あるいは
生活の質における格差の増大が、最早看過出来ない深刻な事態になっています。

こうして見ていくと、迷亭(漱石)の未来論も、なかなか洞察力に富み、先見的であると、
驚かされます。

2017年3月18日土曜日

連続講座第4回「プロフェッショナルに聞く!~文化庁移転と文化芸術の未来~」を聴講して

3月17日に京都芸術センター大広間で開催された、上記講座を聴講して来ました。

この講座は、文化庁の京都移転の決定に伴い、京都市主催のもと、主催者の説明に
よると、日本全体における京都の価値、京都が引き受けるべき役割や、文化庁を
「関西」として迎えるという視点を明らかにするなど、文化庁京都移転の意義や効果に
ついて検証するために企画されたものです。

第4回の今回は、イギリス出身で文化財の修理、施工を担う(株)小西美術工藝社代表
取締役社長デービッド・アトキンソン氏、江戸中期の京都を代表する儒者皆川淇園の
学問所址を保存し、文化芸術による<知>を再生するための新たな学問、文化サロン
を運営する公益財団法人有斐斎弘道会代表理事兼館長濱崎加奈子氏を出演者に
迎えて開催されました。

まず京都芸術センター(旧明倫小学校)は、美術展を観るために数回訪れたことがあり
ますが、今回の会場の大広間に入るのは初めてで、その風格のある堂々とした造りに、
さすがに旧番組小学校の施設と、感心させられました。

今回の講座は、出演者が元離宮二条城の観光施設としての活性化に係わるご両人と
いうこともあって、多くの観光客を迎える場としての二条城の在り方、という所から始まり
ました。

アトキンソン氏いわく、彼が係わる以前の二条城はただ漫然と箱としての建物を観客に
提示するだけで、現代の観光客のニーズに答えていなかった。今日にあっては、特に
外国人観光客の求める歴史的建造物に対する観光施設像は、その建物が実際に機能
していた時代の姿を、歴史解説と合わせて見せることである。つまり体験としての観光
というものが求められている、というものでした。

京都の歴史的建造物の見せ方が、このような状態に陥っている背景には、行政も含め、
私たち住民の伝統文化に対する考え方が、何か自分たちからかけ離れたよそ事に
対するかのようになっているからで、文化をもっと身近なものとしてとらえることが大切
という話がありました。

また濱崎氏も、失われかけた弘道館の跡地を保存、維持することを通して、伝統文化を
守る事の大切さを実感した様子を、実例と共に語られました。

ここまでの話には、観光という視点からの行政への提言という側面も色濃く、また歴史や
文化を経済的な意味での観光資源とだけとらえる論法に多少違和感もありましたが、
話が終盤の文化庁の京都移転の意義というところに至り、私にとっても、興味深いものと
なって来ました。

私が興味を感じたのは、文化庁が京都に移るということは、国家権力の目がもっと身近に
我々を監視することにもなり、そうなれば過去の遺産に依存しているような、今日の地場の
伝統産業界の中途半端な在り方は、厳しい批判に晒されることになる、伝統産業製品にも
さらに本物の価値が求められることになる、という見解です。

伝統産業界の現状は厳しく、その端くれにいる私たちの店も、御多分に漏れず荒波に
晒されていますが、文化の一端を担うという矜持を失うことなく、お客さまに満足を与える
品質の良い商品を、常に提供出来るように努力を続けたいと、改めて感じました。

2017年3月16日木曜日

鷲田清一「折々のことば」693を読んで

2017年3月13日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」693には
歌人種村弘のエッセー集「野良猫を尊敬した日」から、次のことばが取り上げられて
います。

 めんどくさいという気持ちに、どうしても負けてしまうのだ。これはもう一種の犯罪・・
 ・・・他人ではなく自分自身に対する犯罪だ。

そういえば私も、めんどうくささとの葛藤に日々晒されていると言えます。そして何でも
物事を億劫がって後回しにすると、余計にめんどうくさいことになります。だけど、
分かっているけどやめられない、というか・・・。

でも一方、めんどうくさいことを思い切ってやってしまうと、充実感や達成感を得られる
ことが、ままあります。

例えば部屋の掃除をしている時に、ものが重なり合っている隅や、随分手間がかかり
そうな込み入った細部の箇所を、そのままおざなりにしてやり過ごしてしまおうと
ついつい考えがちですが、そこを敢えて時間をかけて丁寧に掃除してみたら、何だか
全体が想像以上にきれいになったように感じられて、やった甲斐があったと満足を
覚えることがあります。

そんな時に、その成功体験の記憶を持続出来ればいいのですが、またまた多忙という
言い訳が頭をもたげて来て・・・。

そういう訳で、私のめんどうくさい病の克服法の一つは、そのめんどうくさい行為を
習慣化することです。一日に一度でも、週に一度でも、一か月に一度でも、それを
習慣化することに成功すれば、あまりとやかく考えないで、すんなりとやってしまうことが
出来ます。もっともこの対策法も、私のものぐさ所以かもしれませんが・・・。


2017年3月13日月曜日

漱石「吾輩は猫である」における、苦沙弥先生の文明論

2017年3月9日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載212には
苦沙弥先生が自覚心という言葉をキーワードにして、宅に集まる皆に文明論を披歴
する、次の記述があります。

「「・・・文明が進むに従って殺伐の気がなくなる、個人と個人の交際がおだやかになる
などと普通いうが大間違いさ。こんなに自覚心が強くって、どうしておだやかになれる
ものか。なるほどちょっと見ると極しずかで無事なようだが、御互の間は非常に苦しい
のさ。・・・」」

この言葉が発せられる前の論旨から、苦沙弥先生の言う所の自覚心とは、自己を認識
することによっていかに他者より利益を得るか、損をしないかという事ばかりを考えて
いる心の状態を現わしているようです。

確かに漱石の時代には、個人としての自我が芽生えてくるという現象は、資本主義的な
価値観の浸透と相まって、人びとの心に利己的で勘定高い気風を植え付けたのかも
しれません。それ以前の日本の社会では、恐らく一般的には自己という認識は明確では
なく、主従関係、家族関係などの集団の中での構成員としての自分の立場しか、意識
されていなかったでしょうから・・・。

その価値の急激な転換というものは、人びとにかなりの戸惑いや、混乱をもたらしたこと
でしょう。西洋文明が一気に流入しても、その基盤をなすキリスト教的な倫理観は、彼ら
の心に決して浸透していないのですから。

西洋文明に、留学によって直に触れた漱石は、また同時に、日本従来の文化や倫理観
にも理解が深い人物であり、明治時代の進み行きとともに明らかになる、この国の底の
浅さに辟易したのでしょう。この文明論こそ、「吾輩は猫である」の中で、漱石が最も主張
したかったことのようにも、感じます。

2017年3月10日金曜日

鷲田清一「折々のことば」690を読んで

2017年3月10日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」690では
霊長類学者松沢哲郎の「想像するちから」から、次のことばが取り上げられています。

 絶望するのと同じ能力、その未来を想像するという能力があるから、人間は希望を
 もてる。

手放しで人間の能力を賞賛するのではない、深い余韻を残すいい言葉です。

我々には過去に思いを馳せ、未来を思い描く他には類のない能力があります。しかし
その能力は、時として行く末を悲観する絶望を生み出し、過去の禍根に囚われる負の
感情を生起します。そのような時私たちは、こんな能力が備わっていることを呪うかも
しれません。

でもその能力は、少し考え方を転換することによって、未来への希望や、過去に折り
合いを付けることから得られる、精神的な落ち着きを生み出す手助けともなるのです。

では、どのような心の持ち方を心掛けたら、絶望を希望へと転化することが出来る
のか?私自身の貧弱な一つの例から考えてみると、私がある目標に向かって日々の
活動を行っている時、些細なつまずきが重なって行くと、どんどん先行きへの不安が
広がり、その結果として、目標が到底達成出来ないという絶望感が膨らんで行くことが、
ままあります。

この絶望を希望に変えるのは、きっかけとなるほんの僅かな成果、あるいは自分が
囚われているマイナスの思考を、別の角度から冷静に見つめる新たな視点を見出す
ことのように、感じます。

同様に過去への悔恨に対しても、その結果を前向きにとらえ直す新たな思考法を探し
あてることが出来たら、心の重しは随分軽くなります。

もしかしたら私は、人生の色々な場面で役立つ、心の鬱屈の解消の処方箋を見出す
ために、日々新たな書物に手を伸ばすのかもしれません。

2017年3月8日水曜日

龍池町つくり委員会 38

3月7日に、第56回「龍池町つくり委員会」が開催されました。

期末ということもあってか参加者が少なく、色々な計画、決め事は次回に持ち越され
ましたが、中谷委員長より、学区で主に高齢の方を対象に毎月開催されている、
「うたごえ喫茶ユニオン」の催しについての、提案がありました。

この催しは、地域の喫茶店ユニオンの協力の下、始まってから既に5年目を迎え、
今日では毎回約50名が集まり、生演奏をバックに歌を歌い楽しい時を過ごしている
ということで、学区民もこれまでに10名ほどが参加されているそうですが、丁度
お世話をされていた方々が世代交代の時期を迎え、新たな支援体制を模索している
ということで、委員長に相談が持ちかけられたそうです。

地域の中でこのように高齢者が気軽に集える場は貴重で、それ故自治連や町つくり
委員会が協力するという方向に持って行けないかというのが、委員長の提案でしたが、
本日は連合会長も欠席されたので、実際の裁断は次回の委員会に持ち越され
ました。

ただ委員の一人からは、連合会や当委員会が協力するということであれば、学区内
各町に告知のポスターを掲示するなど、この催しを広く学区民に知らせる努力をする
ことが必要であろうという、意見が出ました。

他には、6月に恒例の、御所南小学校の児童の内の龍池学区在住の子供たちに、
旧龍池小学校(現京都国際マンガミュージアム)を見学してもらう催しがあり、その
折に杉林さんの「たついけカルタ」を活用しようということで、次回の委員会の時に
でもカルタを持参してもらうことになりました。

2017年3月6日月曜日

漱石「吾輩は猫である」における、迷亭の夫婦論

2017ねん3月3日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載209には
苦沙弥先生宅に集まる皆で、てっきり金田の令嬢と結婚すると思い込んでいた寒月君
当人が、帰省した折婚礼の手筈が既に整っていて、地元の女性と結婚したと衝撃の
報告をした時に、迷亭が思わず漏らした言葉の中に次の記述があります。

「「・・・どうせ夫婦なんてものは闇の中で鉢合せをするようなものだ。要するに鉢合せを
しないでも済むところをわざわざ鉢合せするんだから余計なことさ。既に余計な事なら
誰と誰の鉢が合ったって構いっこないよ。・・・」」

それにしても寒月君の告白には、驚かされたり、はぐらかされたりしたような心持になり
ました。

というのもインテリ青年と成金の娘、絵に描いたようなハイカラカップルの誕生の予感が、
これまでずっと思わせぶりに語られていたのに、結局はこんな落ちが待ち受けていた
なんて!まだまだ古い慣習の残る地方出身の青年にとっては、自由恋愛よりも親に
決められた地元の娘との結婚が勝る、ということでしょうか?

もっとも令嬢の両親や本人の描かれ方からして、好青年寒月君はそんな御仁と結婚
しなくて良かったと、大多数の読者が考えることでしょう。先ずは良い具合に落ち着いた、
といったところでしょうか?

でも結婚懐疑派の迷亭の論を待つまでもなく、当時はまだほとんどが見合い結婚で
しょうし、結婚することになって初めて、当人同士が顔を合わせるなどということも、珍しく
無かったのかもしれません。何やら現代の結婚とは、隔世の感があります。

また件の令嬢と寒月の結婚話の消滅は、漱石の成金批判、博士号批判の思いも、
こもっているに違いありません。

2017年3月3日金曜日

漱石「吾輩は猫である」における、ヴァイオリンを弾くためにたどり着いた山での心象

2016年3月1日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載207には
寒月がようやく手に入れたヴァイオリンを弾く場所を求めて、人気のない庚申山の
大平という所にたどり着いた時の心象を記する、次の文章があります。

「「・・・こういう場所に人の心を乱すものはただ怖いという感じばかりだから、この
感じさえ引き抜くと、余るところは皎々冽々たる空霊の気だけになる。二十分ほど
茫然としているうちに何だか水晶で造った御殿のなかに、たった一人住んでる
ような気になった。・・・」」

漱石の小説には、今まで読み続けて来ると、時としてとびっきり詩的な心象表現に
出合う場面があります。この描写など、まさにそのようなものだと感じられます。

普段は臆病な寒月君が、苦心惨憺して手に入れたヴァイオリンを試し弾きする
場所を求めて、人気のない山中に分け入る。件の場所を見つけて、さて岩の上に
腰かけた途端、弾きたい一心の焦りから解放され、ようやく目的を遂げることが
出来るという安堵感と共に、辺りの情景を感受する心の余裕も出来て、あたかも
エアーポケットに落ち込んだような心持になる。

まあさしずめこんな心の状態の表現でしょうか?漱石は漢詩や俳句もたしなんだ
だけあって、このような人の心象に分け入る描写にも、他の追随を許さない詩的で
卓越した技巧を駆使することが出来たのでしょう。これも彼の小説の大きな魅力だ
と感じます。

特に「吾輩は猫である」では、全編を漂うユーモラスな雰囲気の中に、時として
美しい隠し味がまぶされているようで、このような文章表現に出合うと、少し心が
浮き立つのを感じます。

2017年3月1日水曜日

坂口安吾著「桜の森の満開の下・白痴」岩波文庫を読んで

坂口安吾の代表的な短編小説を編んだ書です。安吾は、第二次大戦前後にかけての
我が国を代表する小説家の一人ですが、今まで彼の作品を読んだことがなかったので、
本書を手に取りました。

読み終えて感じたのは、全般に超然とした雰囲気が漂っていることです。これは著者の
語り口にもよりますが、何か人智を超えたもの、計り知れないものを介して、男女の愛慾、
交情を描くことによって、人間とは如何なるものかを明らかにしようとする創作姿勢に
よると感じられました。

例えば「白痴」においては、空襲という極限下の主人公の男と白痴の女の逃避行を
描いて、市井の人々にとってあの戦争が何であったかを焙り出します。あるいは、「戦争と
一人の女」と「続戦争と一人の女」は、戦時下限定の男女の同棲を通して、非常時にこそ
保たれる愛のかたちを描きます。

ここで特徴的なのは、戦争を一切の感傷を排して描き出していることで、これがつまり
超然としたものに対する姿勢ともいえるのですが、かえって戦争というものの皮膚感覚の
本質を浮かび上がらせることに成功していると、感じられました。

他方、「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」は説話体の小説ですが、両者の白日夢の
ような異様な美しさは特筆に値します。前者の主人公の山賊を魅了する女は、山賊の
男をそそのかして次々と犠牲の首を求めますが、この人智を超えた邪悪の権化の女は、
鬼のようでもあり、あるいは男の心に巣くう欲望の具現化された姿のようでもあります。
いずれにしても満開の桜は狂気をはらみ、男女の愛慾の果ての無さ、虚しさを明らかに
します。

後者では、呪うか、殺すか、争うものにだけ愛情を感じる長者の娘夜長姫と、若い仏師
耳男の倒錯した愛を描きますが、優れた職人が作品を制作する時に込める情念の
烈しさを、比喩的に描き出しているようにも感じられます。

さて、現代の視点からこの安吾の短編集を見てみると、彼の時代にはまだ男女の暗黙の
交情が信じられていたと思われます。それ故彼は、舞台設定として戦争という極限の
情況や、片方の女を人智を超える特殊な存在として、通常の交情の不可能な状態をあえて
作り、その中で男女の愛情の普遍的な部分を、浮かび上がらせようとしたのではないか?
その意味では、現代には生まれ得ぬ小説であると感じました。