2026年6月10日水曜日

2026年6月度「龍池町つくり委員会」開催

6月9日に、第5回「龍池町つくり委員会」が開催されました。 6月27日に迫った「祇園祭役行者山会所見学会」の申込者は、現在午前の部が12名、午後の部が9名で、 役行者山町の林様よりお申し出があった10名と合わせて、午前20名、午後20名の募集定員に近づいて います。6月8日に林様のお誘いで、役行者山会所に寺井委員、長谷川委員、私の3名で事前説明を受け に伺いましたが、同じ学区内に居住しているにも関わらず、役行者山の実際の懸装品や絵図、御神体 等を拝見しながら詳しい説明を受けると、祇園祭の一端が実感を持って理解出来たように感じました。 今回の委員会では、これらのことを報告し、南先生の町つくりゼミグループからも、見学会当日に 手伝いの人員を出して頂くことをお願いしました。先生からは、祇園祭の期間に昨年と同様、ゼミ生 が役行者山の手伝いをするという報告があり、役行者山関係者との関係が密接になることを、好まし く思いました。 まだ決定事項ではありませんが、8月29日に開催される「龍池夏祭り」の出演プログラムに、まだ空き があることから、連合会長の辻本様より何か出し物に心当たりがないかと相談を受けていたことにつ いて、以前大原の町つくり委員会の会合に参加させて頂いた時に、大原の自治連で和太鼓のサークル 活動が行われていることを聞いたことを踏まえて、寺井委員よりこのグループに出演していただいた らどうかという提案があって、大原の自治連副会長の辻様に問い合わせたところ、和太鼓サークルの 渉外担当の是恒様をご紹介頂き、是恒様と直接にお願いすると、前向きに検討するというお答えを 頂きました。 今回の委員会では、出演が決定した場合に、御礼や、遠方から来て頂く段取りなどを委員会のメンバ ーで龍池自治連の会計担当である澤野様に伺いました。南先生からは、大原でのアサギマダラの観察 会の準備のために、大原自治連の西村様が、大原郊外学舎にこの蝶が好むフジバカマを植えて、管理 も引き受けて下さるという報告がありました。 私が制作を提案していた「龍池便利マップ」については、南先生グループより準備のための活動を開始 するというお話がありましたが、寺井委員より当委員会の資金でマップを制作するには、どのような 対象をマップに記載するかを厳密に決めなければいけないという提案があり、この件の開始は、次回の 委員会まで持ち越すことになりました。

2026年6月3日水曜日

「鷲田清一折々のことば」3568を読んで

2026年2月2日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3568では 作家堀江敏幸の随想集『音の糸』から、次の言葉が取り上げられています。    相手を立てるだけではない形で厳しく仕    事に向き合い、結果として他者への気遣    いに満ちた音を生み出す。 生涯に渡り歌手の伴奏に徹したピアニストが、最後に一度シューベルトの曲をアレンジしたⅠ分 35秒の演奏を披露したのですが、その演奏は、「角がまったくない、すべてを包み込むやさしい 情熱に満ちた音」を響かせたそうです。 筆者は、その音に自分の言葉もいつか近づけたら、と思ったようですが、伴奏者も一流の人は、 歌手を立てながらもそれだけでは終わらず、歌い手と一体になって、音楽を完成させるのだと感 じます。 私は音楽には詳しくありませんが、例えば能楽なら、シテ(演者)が舞う時に伴奏の役割を果た す地謡の担い手の人々は、鼓、笛などの楽器と一体となって、シテと呼吸を合わせながら、一つ の曲を作り上げます。その場合、シテの技量は言うに及ばず、地謡、楽器の一人一人の巧拙も その曲の出来映えを決定します。 それと同じように音楽においても、優れた伴奏者は、ソロでも表現出来る技巧を持ち合わせて いるということなのでしょう。控えめな中に、優れたものを潜めている人は、私にとっても魅力 的です。

2026年5月28日木曜日

岸政彦著「生活史の方法」を読んで

生活史調査の第一人者による、実践的な方法の指南書です。 私自身、急速に衰退しつつある私の属する和装業界の、これまで培われた文化を記録することに興味が あるので、本書を手に取りました。 そもそも生活史とは何かということから、実際の調査の進め方、編集し、記録を本、冊子として残すまで、 懇切丁寧に記されていて、著者の生活史調査に掛ける想い、この活動を広めたいという情熱が、伝わって 来ます。また本書を読んで、著者のものをはじめとして、実際の生活史調査から編まれた本を、読んでみ たくなりました。 そもそも今なぜ生活史が注目されているのかというところに、現代社会に問い掛けるべき大きな問題性が あります。SNSの発達によって、巷には信憑性を疑われるものまで含め情報が溢れ、社会の意識は浮ついた 状態で、確証も無く漂っているように感じられます。何が現実であるかも定かで無い状況で、地に足の付 いた庶民の日常を丹念に記録し、分析することは大きな意義があるでしょう。そのような要請に応える べく、生活史調査が求められているのだと推察されます。 さて本書を読んで、第四章「語りの聞き方」が一番読み応えがありました。これは矢張り語りの聞き方 こそが、生活史調査の実践の核心部分で、この巧拙が結果の是非を決定するからでしょう。聞き取りに当た り、聞き手は如何なる態度で語り手に向き合うべきか?そもそも語り手は時間を割いて、自分の人生や体験 を語ってくれるということ自体が、大変有り難いことであり、聞き手はそのことを十分に了解して、相手に 接しなければなりません。 それ故に、語り手がリラックスして気持ちよく、あるいは胸のつかえを取り払うように語ることが出来る ために、聞き手はどんなタイミングで相づちを打つべきか否か、話の内容に質問をすべきか否か、語り手の 一般的な発言や、差別的表現に如何に対応すべきか、聞き手は相手に自分のことを積極的に語るべきかなど の課題が出てきます。 このような懸案に対して著者は、語り手に決して強要はしないが、語ることを促すという意味で、積極的に 受動的になること、語り手の話の内容に一方では意識を集中させながらも、他方では話が円滑に進むように、 聞き取り全体の中で今どの位置にあるか、内容の位置状況を意識する、ピントを合わせない集中を提起して います。

2026年5月20日水曜日

「鷲田清一折々のことば」3578を読んで

2026年2月16日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3578では NHK・Eテレの番組「スイッチインタビュー」(2月6日放送)での俳優・市川実日子との対談から、 ピアニスト・藤田真央の次の言葉が取り上げられています。    あんなに時間にルーズなイタリア人が、    あんなにパスタのゆで時間完璧とか これは分かります。民族によって、譲れない価値観があるということですね。 例えばイギリス人の卵のゆで時間へのこだわりとか。我々日本人も、最近は全自動の炊飯器で お米を炊く場合が多いけれど、お米を炊く時間には随分、こだわりがあったはずです。 この場合は、美食、食べ物への執着ということだけれども、それ以外にも、行動の規範や物事 に対する価値観に、それぞれのこだわりがあるはずです。 日本人は、何かと礼儀正しく、きちきちとしていて、その価値観から見ると、イタリア人は時間 観念がルーズであるように思われるかも知れないけれど、彼らにとって大切な事においては、 厳格で、研ぎ澄まされた感覚を持っているに違いありません。 そういう意味でも、見聞や体験を広め、柔軟な価値観を持つことが必要であると、思われます。

2026年5月13日水曜日

田淵安一著「西の眼東の眼」を読んで

田淵安一は、私は知りませんでしたが、戦後早い時期にフランスで評価を受け、活躍した抽象画家だ そうです。従って、何の予備知識もなく本書を手に取ったのですが、この本の構成としてはⅠ「毎日 が今日」が、彼の生い立ちからフランス留学、画家としての地位を確立するまでの、時系列を後先に させながら回想する随筆、Ⅱ「視る・考える」は、彼がフランス滞在の中で出会った、歴史的建造物 美術、遺物を巡る考察を記した文章をまとめたものとなっています。 彼の絵画作品も事前には知らないで読み進めたので、手探りの読書といったような覚束ない側面も ありましたが、彼の先輩に当たるフランス滞在の日本人画家藤田嗣治や、同時代の岡本太郎について は、作品にも親しんでいるので、彼らが共に活躍した戦後直ぐの時期のフランスの世相、美術関係者 の様子が知れて、興味深かかったです。 彼のフランスでの活動以前では、個性的な父母との関係や、早熟な成長環境も、芸術家の揺籃期の エピソードとして気を引かれましたが、特に出国から船旅の記述に興味を持ちました。まだ連合国に よる占領期で、出国許可を受けるのも容易ではなく、いざ船に乗り込んでも、船倉と大差ない四等 客室です。しかも、途中で船が停泊するアジアの国々は、反日感情が強く、船外に出て息抜きをする ことも出来ません。敗戦後直ぐの日本人の寄る辺無さ、それでも敢えて海外に出ようとする田淵の 覚悟の程が感じられて、読む者も勇気づけられる気がしました。 また彼は抽象画家ですが、対象をまず感覚で捉えるのではなく、思索的な画家であることが、本書を 読んでいて推察されました。例えば、Ⅰの中の6「仕事の文化」では、フランスの町の石造りの文化 と、日本の町の木造の文化を比較して、造りの相違故のそこに暮らす人々の仕草の違い、そこから生 まれた条件、美意識の相違故の絵の具、画材の違いについて論じています。 この建材や建築様式、遺物など、物を起点とした西洋文化の成り立ちの考察、そこから敷衍した東洋 文化との差違、共通点に思いを巡らせる態度は確かに思索的で、Ⅱを読むと、彼の絵画制作の基底を なす、思想を垣間見る思いがしました。

2026年5月7日木曜日

有本利夫著「もうひとつの空ー日記と素描-」を読んで

有本は個性溢れる画風を確立した洋画家で、私の好きな画家の一人です。しかし将来を嘱望されながら、 わずか38歳で夭折し、その画業は現在では既に、伝説と化しつつあります。 その作風はイタリアのフレスコ画の影響が顕著で、古色をまとい、時が止まったようでありながら、画面 の奥から音楽が流れてくるように軽やか、懐かしさとユーモア、そして詩情を感じさせるものです。 若くして亡くなったために、私の抱くイメージとしては、作風とも相まって、無垢で神に好まれる存在と いう認識がありました。 本書は副題にもあるように、日記の抜粋と素描、発表した文章の断片をまとめたものです。レイアウトも 素晴らしく、詩画集の趣があります。 本書を読み終えてまず感じたのは、有本が次々と浮かぶイメージを、作品に描き込んでゆくひらめきの 画家ではなく、日々のたゆまぬ研鑽と葛藤の中から、絞り出すようにして作品を生み出す、努力の人で あるということです。日記の中で彼は自らの怠惰を常々戒め、叱咤しながら画面に向き合っています。 他方彼には、先人の画家たちから学び、導き出した確固とした美意識があり、制作においては一切の妥協 を廃して、高みを目指していました。 もう一つ彼の作風と切り離せないのは、作品に宿る宗教性です。これは彼の絵画が、ピエロ・デラ・フラ ンチェスカの影響を受けていることから、キリスト教的とも思われがちですが、単に特定の宗教を越えて、 もっと普遍的な宗教性に根ざすものであうると、推測されます。 この点は本書の中に、「普遍性ないし通俗性」という表題で掲載されている文章が、分かりやすく彼が 自らの絵に込めようとした精神を解説していると、思われます。つまり、最近(1960年代から70年代、しか し現代にも十分に通じます。)の美術は、承認欲求あるいは難解さに傾倒して閉鎖的になって、風俗や流行 への安易な対応が目立つ。このような状況下において、古典美術を改めて眺めてみると、時代も、風俗も、 宗派を超えた普遍性、個人的ではなく、「人類は」「人類なら」といった、広い意味での通俗性が感じられ て、何とも言えない心地よさ、安心感を与えられる。自分はそのような絵画表現を目指したい、という主旨 です。 彼の絵画制作の秘密の一端を明らかにしてくれる、好著です。

2026年4月30日木曜日

「鷲田清一折々のことば」3543を読んで

2025年12月17日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3543では 自ら幼くして視力、聴力を失いながら、その障害を克服して、障害者の権利の向上の為に奮闘した、 作家で政治活動家、ヘレン・ケラーの『もしも3日間だけ目が見えたなら』から、次の言葉が取り 上げられています。   明日には目が見えなくなるかもしれない   と思って、世界を見てください。 彼女は、「もし3日間だけ視力が与えられたら、まず自分を支えてくれた大切な人を見たい、翌日は 人類のこれまでを見るため博物館や劇場を、3日目は働く人を見るために大都会を訪ねたい」と言っ たそうです。 彼女の場合は特別な例としても、誰しも自分に与えられている能力、条件、環境を当たり前のことと 考えて、それに対する感謝を怠り、注意を払わず、安易な日常を過ごしがちであると思われます。 自らの恵まれていることに気づき、その希少な機会を無駄にしない為に、人生に真剣に向き合うこと が出来たなら、その人の生き方は、自ずとより意義深いものになると思われます。自壊を込めて、 そのように感じます。