2026年2月18日水曜日
京都国立近代美術館「セカイノコトワリー私たちの時代の美術」を観て
私が日頃展覧会に行くのは、美しいものに触れて気分転換を図り、心を癒やすという目的の場合が多い
です。それ故、美への感動よりも、現代の問題を深く考えさせるような展示が多く見受けられる、現代
美術の展覧会は、どちらかというと敬遠する傾向があります。しかしこの展覧会は、題名からも一体今
の世の中はどのような仕組みで動いているのかそのからくりを示してくれるような響きが感じられ、
試しに訪れてみることにしました。
実際に展覧会を観終えて、矢張り非常に難解であると感じました。肌感覚では漠然と今の時代を切り
取っていると感じられるところもあるのですが、それをどう消化したらいいのか、形を伴って理解する
ことが出来ないもどかしさが残りました。勿論考えが形にならなくても、それを感じられたところに
鑑賞した意味があるのかも知れないのですが、私としては、何か納得するところを得たいという欲求を
今も引きずっている状態です。
ただ、高嶺格「Baby insa-dong」は、唯一内容においても、見終えて私の心に強い印象を残すところが
あったので、その作品について若干記してみたいと思います。この作品は、日本人である作者が、在日
朝鮮人である女性と結婚することになり、その結婚式の一部始終を写真を連ねて展示し、それらの写真
とシンクロするように作者の時々の気持ちを記した文章を並べた作品です。
結婚に際して、作者が相手の女性を気遣おうとする態度が、知らず知らずのうちに、相手を傷つける、
つまり日本人の意識にする込まれている差別意識が浮き彫りになり、その地点から新郎新婦が親族の
協力も得て、新しい家族像を作っていく様子が丹念に描かれ、作品を観る者も思わず彼らへの共感を
覚えずにはいられないように制作されています。
国政選挙でも、外国人問題が大きな争点になる現在、正に時宜に適った作品であると感じました。
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