2026年2月12日木曜日

梯久美子著「やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく」を読んで

小さい子供に絶大な人気を誇る「アンパンマン」。昨年NHKの朝の連続テレビ小説で、作者やなせたかし の妻暢がヒロインに選ばれて、やなせ自身にも関心が寄せられました。生前のやなせのイメージは、 特徴的な黒い帽子を被り、いつもニコニコした好好翁という感じで、「アンパンマン」による成功もあ って、満ち足りた人生を送った幸福な人と捉えて来ました。 しかし、それでも本書を手に取ったのは、小さい頃の娘や今は孫と時々テレビで観る、アンパンマンの アニメの、自分の顔を腹を空かせた人に食べさせる、異色の自己犠牲のヒーロー像に、作者への興味が かき立てられ、また本書の著者梯久美子がやなせと深いつながりを持つ人物で、同時に今まで彼女の 著作を数冊読んで、その力量を評価していたからです。 さて実際に読んでみると、私の漠然と抱いていたやなせに対するイメージは、大いに覆されたと言って いいでしょう。まず彼の複雑な生い立ちです。幼年期に父を亡くし、母も再婚することになって、実の 弟が先に養子に迎えられていた、開業医の伯父に引き取られることになり、その家で兄弟の関係性が逆転 する微妙な立場に置かれることになります。 伯父は出来るだけ公正に二人を養育するように努めますが、弟は学業成績も優秀で、やなせは屈折した 心理を抱くようになります。そして伯父の急死を経ての弟の戦死。自らも徴兵されて中国大陸に従軍した やなせは、敗戦による急激な価値の転換に打ちのめされます。信じてきた正義が一朝のうちに覆されて、 「ある日を境に逆転する正義は、本当の正義ではない」と考えるようになります。「アンパンマン」は、 そうしたやなせの正義像が託されていると思われます。 彼が新聞社や、企業の宣伝部の勤務を経て、漫画家として独立してからも、絵も詩も文もこなし、様々な 注文に応える器用さと、頼まれれば断れない性格により、彼の名をことさら高めることはなくとも、必要 とされる仕事をこなして行きます。 その中にも、キラッと光るものはあって、童謡「手のひらを太陽に」の歌詞、童話「やさしいライオン」、 詩誌「詩とメルヘン」の編集などが挙げられます。彼の代表作「あんぱんまん」が絵本で誕生したのが 50歳を過ぎてから、アニメ「アンパンマン」がブレークしたのは70歳になってからです。彼が代表作を 生み出すまで、長い紆余曲折があったように思われますが、全てが成功の下地となり、彼の変わらぬ信念 が、晩年の大成をもたらしたと感じられました。

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