人間行動学者による、介護現場での介護する人、される人の身体動作から明らかに
される介護の方法論です。より深くは人間論にも通じると感じられます。のっけから介護を
身体動作から考える視点が新鮮でした。
介護というと私も、介護保険のケアサービスの助けを借りながら母を自宅で介護して
いますが、日常の介護では母の状況とその対処という視点に傾きがちで、日々をいかに
無事にやり過ごすかということに追われて、介護の本質とはいかなるものかを考える
余裕はありませんでした。
しかし、このように余りにも表面的な部分に留まっていては、介護をしてやっている、して
もらっているという施し、施される関係に囚われて、介護される人にとっての充足を生み
出せていないのではないか。本書を読んでそんなことを考えさせられました。それだけ
介護施設でのベテラン介護職員と入所者の遣り取りは、介護はどのように進められる
べきかの示唆に富んでいるように感じられます。
本書の現場観察でまず私の印象に残ったのは、認知症の入所者が食事を始める時、
本来は自分で箸を持って食べることが出来る能力があるのに、なかなか箸を手に取る
きっかけがつかめず、食事を前に躊躇している折に、目の前で職員が箸を持つ仕草を
示せば、その入所者も箸を持って食べ始めることが出来るというシーン。
またこの入所者が食事後食器の乗せられたトレーをキッチンまで運ぶ折に、両手で
トレーをつかんでいるために手が自由に使えず、結果弱った足腰を立ち上がらせることが
出来ず、その場に固まっている時、職員がトレーを移動させることによって入所者の
両手を解放させ、立ち上がらせてから改めてトレーを持たせて運んでもらうシーン。
このような場面で私なら、いたずらに言葉で相手を急がせたり、あるいは勝手に自分で
かたずけてしまうだろうと思われて、はたしてどちらが介護される人に満足を与えるかと、
考えさせられました。
もう一点印象に残ったのは、アール・ブリュットの制作現場で、絵画の広い余白を細密に
黒く塗りつぶす折に、予め制作者が小さな枠をこしらえて、その範囲を丹念に塗り、それが
終了すればまた枠をこしらえて塗るということを繰り返しているシーンで、かつてアール・
ブリュット絵画の途方もない塗りつぶしの労力に驚嘆した私は、人間というものは自身の
能力で可能な目標を設定するならば、その達成を繰り返すことによって驚くべき成果を
得ることが出来るということに、改めて気づかされる思いがしました。
色々な部分で、新たな気づきをもたらせてくれる、刺激的な書でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿