2026年7月29日水曜日

落合東朗著「香月泰男 シベリア・シリーズを読む」を読んで

作品をあまり観たことはありませんが、香月泰男の名前を知っているのは、「シベリア・シリーズ」という 彼の代表作の名を覚えているからです。また、シベリア抑留というかつて日本が経験した、第二次世界大戦 敗戦後の惨禍を私が心に留めるようになったのも、彼の「シベリア・シリーズ」がきっかけでした。 それほどに、香月といえばこのシリーズの認識を持っているけれども、具体的に彼がどのような体験を経て、 それはつまり、シベリア抑留とは如何なるものであったかも含まれますが、これらの絵画を描くに至ったか に強く興味を引かれて、本書を手に取りました。 全体を読み終わって、まずシベリア抑留という出来事自体は、体験者にとって大変理不尽なことであるけれ ども、この戦争全体を俯瞰して見た場合、彼らは被害者であり、かつ加害者の一面を持つことが分かります。 つまり、中国に侵攻した日本軍の兵士は、徴兵によってやむを得ず戦地に駆り立てられたにせよ、侵略戦争 の一翼を担う現地民にとっての加害者であり、敗戦後は正統の理由も無く、無理矢理に厳しい環境の中での 強制労働につかされた被害者なのです。 この事実は、戦争というものが救いの無い悪行であることを如実に示しますが、実際の抑留体験者は、如何 なる心境でこの囚われの苦行に耐えたのか・その答えが香月にとっての「シベリア・シリーズ」であると思 われます。 絵画の色彩の基調は、必然的に黄褐色と煤けた含みのある黒によって占められ、代表的な作品は、その中に 悲嘆に暮れるような重く厳めしい表情の、記念碑的な人物の顔と手が浮かび上がります。正に人間の性や業 を刻印しているように思われ、しかしそこに時折垣間見えるヒューマニティーと詩情が、沈みがちな表現に アクセントを与えています。一度観ると忘れられない作品群です。 香月が入隊後程なく満州に派遣されて、厳しい初年兵の境遇から一転敗戦を迎え、ロシア軍の捕虜となって 早期の解放を信じながらもシベリアの極寒の地に連行されて、満足な食事も与えられずに過酷な労働に従事 させられる。望郷の念と絶望に囚われながら、死を迎える者を間近に見て、香月は何を感じ、帰国後の使命 としたか? 「シベリア・シリーズ」が明らかにするのは、彼が戦前も戦中も戦後も、変わらず誠実な画家であり続けた ということです。

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