2026年4月7日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3612では
落語家五代目古今亭志ん生の随筆「テクッて三年」(宮﨑智之編『精選日本随筆選集 歓喜』所収)から、
次の言葉が取り上げられています。
うれしい前にはきまって、心配事や悲し
いことがあるんです。
そう言われれば、確かにそうかも知れない。思わず膝を打ちたくなるような言葉です。
望外の喜びは例外としても、些細な喜び、じわじわとにじみ出るようなうれしさは、それこそ、ちょっと
した憂いや悲しみの後に、フワッとした感じで、やって来るように思われます。
だからそのようなうれしさは、もしかしたら、前提の憂いや悲しみなしには、体感することの出来ない
ものかも知れません。
心配事や悲しいことで落ち込んだ心が、意外性を伴った、些細な喜び事にも感応して、うれしさや幸福感
を生み出すとでも言うように。
ですから、心配事や悲しいことがなければ、些細なこと、微かなことに喜びを感じ取れないのかも知れま
せん。そう考えると、日々の心配や憂いも、先の喜びに結びつく、貴重な機会であるように感じられます。
0 件のコメント:
コメントを投稿