他府県出身の大学時代の友人たちのリクエストもあって、テニス
同好会の同窓会を兼ねて、当日参加出来る10名が京都平安ホテル
「大文字送り火観賞ディナー」に参加しました。
北海道、九州から久々にやってきた友人もいて、なかなか楽しい
集まりとなりました。
当日の京都の天候は、あいにくの荒れ模様で、昼前後には
大雨洪水警報が出て、果たして無事送り火行事が実施されるのか
危ぶまれました。
昼過ぎに鴨川の三条大橋を通りかかった時には、川の水かさが
以上に増して濁流が坂巻、普段は散策出来る河川敷も水没して、
飲食店が鴨川に並行して流れるみそそぎ川に張り出して設置
している名物の床の支柱も、あふれた鴨川の水にじかに洗われて
いる有様です。
午後も時折激しい雨が降って、懸念はふくらみました。
さて、京都平安ホテルに集合すると、午後6時よりバイキング形式の
夕食をとって、8時前に屋上にむかいます。
幸い雨もほとんどあがって、若干火の燃えあがり方が遅いようにも
感じられましたが、大の文字が無事夜空に浮かび上がりました。
続いて、御所の立ち木によって一部しか見えませんが、妙法の火が
ともされ、船形がくっきりと夜空を焦がし、大文字より少し小さい
左大文字がゆっくりとその形を現わしました。
初めて見た友人たちも満足したらしく、余韻に浸りながら会場を
後にしました。
2014年8月17日日曜日
2014年8月15日金曜日
漱石「こころ」の中の、先生と御嬢さんの恋情の機微
朝日新聞8月13日付け朝刊、夏目漱石「こころ」100年ぶり連載
先生の遺書(80)の中に、御嬢さんが先生の心を試す、次のような
記述があります。
「御嬢さんも「御帰り」と座ったままで挨拶しました。私には
気の所為かその簡単な挨拶が少し硬いように聞こえました。
何処かで自然を踏み外しているような調子として、私の鼓膜に
響いたのです。」
「御嬢さんはただ笑っているのです。私はこんな時に笑う女が
嫌でした。若い女に共通な点だといえばそれまでかも知れ
ませんが、御嬢さんも下らない事に能く笑いたがる女でした。
しかし御嬢さんは私の顔色を見て、すぐ不断の表情に帰り
ました。」
「なるほど客を置いている以上、それも尤もな事だと私が
考えた時、御嬢さんは私の顔を見てまた笑い出しました。
しかし今度は奥さんに叱られてすぐ已めました。」
御嬢さんは、自分に好意を抱いているはずの先生が、なかなか
自身の意思を彼女に示さないので、先生の友人のKに気のある
そぶりを見せたり、意味ありげに笑って、先生を挑発しています。
一方先生は、気位の高さや気恥ずかしさ、自分の下宿に
一緒に住むようにKを誘った手前、御嬢さんに告白するのが
ますます困難になっていきます。
本当に窮屈で、じれったい閉塞状況のなかで、先生と御嬢さんと
Kの古風な悲劇の三角関係が、まさに形作られようとしています。
先生の遺書(80)の中に、御嬢さんが先生の心を試す、次のような
記述があります。
「御嬢さんも「御帰り」と座ったままで挨拶しました。私には
気の所為かその簡単な挨拶が少し硬いように聞こえました。
何処かで自然を踏み外しているような調子として、私の鼓膜に
響いたのです。」
「御嬢さんはただ笑っているのです。私はこんな時に笑う女が
嫌でした。若い女に共通な点だといえばそれまでかも知れ
ませんが、御嬢さんも下らない事に能く笑いたがる女でした。
しかし御嬢さんは私の顔色を見て、すぐ不断の表情に帰り
ました。」
「なるほど客を置いている以上、それも尤もな事だと私が
考えた時、御嬢さんは私の顔を見てまた笑い出しました。
しかし今度は奥さんに叱られてすぐ已めました。」
御嬢さんは、自分に好意を抱いているはずの先生が、なかなか
自身の意思を彼女に示さないので、先生の友人のKに気のある
そぶりを見せたり、意味ありげに笑って、先生を挑発しています。
一方先生は、気位の高さや気恥ずかしさ、自分の下宿に
一緒に住むようにKを誘った手前、御嬢さんに告白するのが
ますます困難になっていきます。
本当に窮屈で、じれったい閉塞状況のなかで、先生と御嬢さんと
Kの古風な悲劇の三角関係が、まさに形作られようとしています。
2014年8月12日火曜日
滋賀県立近代美術館「手塚治虫展」を観て
手塚治虫の展覧会というと、今までにも色々な切り口で開催されて
いますが、本展は、原画、映像、写真、資料、愛用品などから、彼の
広大な作品世界のエッセンスと作品に込められた思いを、明らかに
しようと試みるものです。
まず感銘を受けたのは、漫画家になる以前の手塚の少年期、
青年期の資料展示で、当時の居住地宝塚の豊かな自然の中で、
昆虫採集に熱中し培われた科学への興味、漫画への目覚めと
医師を目指す中での心の葛藤、戦争の惨禍に直面して人生観の
変更を余儀なくさせられた体験というような、後の彼の漫画の
ストーリー、思想の原点がすでにここに凝縮されている事実です。
また手塚は、漫画の革新という点においても、従来の枠を軽々と
飛び越えるクリエイターでした。かれの生み出したものは、後に
続く作家に多大な影響を及ぼします。
その最たるものがストーリー漫画の創造です。これは、情景説明的で
単調な記述になりがちな漫画表現に、映画を参考にした明確な
ストーリー性と、その表現を可能にするために、躍動感があり、読者の
感性にストレートに訴えかける様々な作画法を駆使して、まさに
眼前に物語が展開するような漫画作品を作り出すものです。
このストーリー漫画の誕生により、以降の漫画家は、表現の飛躍的な
広がりの可能性を獲得したのです。
手塚の漫画、アニメ作品が没後20年以上を経てなお、多くの支持を
集めるのは、彼の作品のキャラクターの魅力と、物語に込められた
思想が現代に生きる人々にも、共感を呼ぶためだと感じられます。
彼は心から自然を愛し、人間を愛した漫画家であったのだと、本展を
観て改めて思いました。
いますが、本展は、原画、映像、写真、資料、愛用品などから、彼の
広大な作品世界のエッセンスと作品に込められた思いを、明らかに
しようと試みるものです。
まず感銘を受けたのは、漫画家になる以前の手塚の少年期、
青年期の資料展示で、当時の居住地宝塚の豊かな自然の中で、
昆虫採集に熱中し培われた科学への興味、漫画への目覚めと
医師を目指す中での心の葛藤、戦争の惨禍に直面して人生観の
変更を余儀なくさせられた体験というような、後の彼の漫画の
ストーリー、思想の原点がすでにここに凝縮されている事実です。
また手塚は、漫画の革新という点においても、従来の枠を軽々と
飛び越えるクリエイターでした。かれの生み出したものは、後に
続く作家に多大な影響を及ぼします。
その最たるものがストーリー漫画の創造です。これは、情景説明的で
単調な記述になりがちな漫画表現に、映画を参考にした明確な
ストーリー性と、その表現を可能にするために、躍動感があり、読者の
感性にストレートに訴えかける様々な作画法を駆使して、まさに
眼前に物語が展開するような漫画作品を作り出すものです。
このストーリー漫画の誕生により、以降の漫画家は、表現の飛躍的な
広がりの可能性を獲得したのです。
手塚の漫画、アニメ作品が没後20年以上を経てなお、多くの支持を
集めるのは、彼の作品のキャラクターの魅力と、物語に込められた
思想が現代に生きる人々にも、共感を呼ぶためだと感じられます。
彼は心から自然を愛し、人間を愛した漫画家であったのだと、本展を
観て改めて思いました。
2014年8月10日日曜日
龍池町つくり委員会 7
8月5日に、第25回「龍池町つくり委員会」が開催されました。
本年度最初の龍池茶話会、第2回龍池茶話会in大原の日程が、御所南
小学校の行事の関係で、9月28日(日)から9月23日(火)秋分の日に
変更されました。
今回は恒例のバーベキュー交歓会のほか、地元大原の自治会長に
お越しいただいて、この地域にまつわるお話をうかがうということで、
従来、とかく疎遠になりがちであった校外学舎地元の方々と、新たな交流が
生まれることが期待されます。
今回の委員会で特筆すべきは、広報誌「たついけ」のプロットが
出来上がったことで、カラー印刷で見やすく、わかりやすい、簡潔な見本が
手元に提示されました。誌面の中の「たついけ数珠つなぎひと紹介」という
コーナーも面白く、この話題をきっかけに、学区内の人の輪が広がれば、
と思います。
この広報誌をいかにくまなく学区内の住民に配布し、興味を持って目を
通してもらうことが出来るかということが、これからの課題です。
本年は、龍池学区が八年に一度の時代祭への奉賛当番の年にも当たり、
自治会活動にとっては、多忙な秋となりそうです。
本年度最初の龍池茶話会、第2回龍池茶話会in大原の日程が、御所南
小学校の行事の関係で、9月28日(日)から9月23日(火)秋分の日に
変更されました。
今回は恒例のバーベキュー交歓会のほか、地元大原の自治会長に
お越しいただいて、この地域にまつわるお話をうかがうということで、
従来、とかく疎遠になりがちであった校外学舎地元の方々と、新たな交流が
生まれることが期待されます。
今回の委員会で特筆すべきは、広報誌「たついけ」のプロットが
出来上がったことで、カラー印刷で見やすく、わかりやすい、簡潔な見本が
手元に提示されました。誌面の中の「たついけ数珠つなぎひと紹介」という
コーナーも面白く、この話題をきっかけに、学区内の人の輪が広がれば、
と思います。
この広報誌をいかにくまなく学区内の住民に配布し、興味を持って目を
通してもらうことが出来るかということが、これからの課題です。
本年は、龍池学区が八年に一度の時代祭への奉賛当番の年にも当たり、
自治会活動にとっては、多忙な秋となりそうです。
2014年8月8日金曜日
漱石「こころ」の中の、精神主義と物質主義
2014年8月7日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「こころ」100年ぶり連載、
先生の遺書(77)の中に、先生がKを評する次の文章があります。
「仏教の教義で養われた彼は、衣食住についてとかくの贅沢をいうのを
あたかも不道徳のように考えていました。なまじい昔の高僧だとか
聖徒だとかの伝を読んだ彼には、ややともすると精神と肉体とを
切り離したがる癖がありました。肉を鞭撻すれば霊の光輝が増すように
感ずる場合さえあったのかも知れません。」
精神主義も行き過ぎると偏狭なものになります。我が国の歴史上の
事象を振り返ると、第二次大戦の戦前、戦中には、このような考え方が
抑圧的に働き、人びとを一つの絶対的な価値観へと、集約して行った
ように感じられます。
これは明治維新後、西洋の圧倒的な産業資本、軍事力に対して、
個人の生活の質を犠牲にしても、富国強兵をスローガンに追いつき
追い越すことを目指すという、為政者の方針の延長線上の出来事とも
思われます。
大戦後は物質的窮乏の反動として経済的な豊かさが求められ、私たちは
アメリカの繁栄を手本に、高度な資本主義社会を築き上げました。
その結果今日では、ともすると物質的な価値観が何にも増して幅を
利かせ、人びとの疎外感を増幅しているように感じられます。
精神主義と物質主義、私たちの心に中で、ほど良い調和は実現しないの
でしょうか?
先生の遺書(77)の中に、先生がKを評する次の文章があります。
「仏教の教義で養われた彼は、衣食住についてとかくの贅沢をいうのを
あたかも不道徳のように考えていました。なまじい昔の高僧だとか
聖徒だとかの伝を読んだ彼には、ややともすると精神と肉体とを
切り離したがる癖がありました。肉を鞭撻すれば霊の光輝が増すように
感ずる場合さえあったのかも知れません。」
精神主義も行き過ぎると偏狭なものになります。我が国の歴史上の
事象を振り返ると、第二次大戦の戦前、戦中には、このような考え方が
抑圧的に働き、人びとを一つの絶対的な価値観へと、集約して行った
ように感じられます。
これは明治維新後、西洋の圧倒的な産業資本、軍事力に対して、
個人の生活の質を犠牲にしても、富国強兵をスローガンに追いつき
追い越すことを目指すという、為政者の方針の延長線上の出来事とも
思われます。
大戦後は物質的窮乏の反動として経済的な豊かさが求められ、私たちは
アメリカの繁栄を手本に、高度な資本主義社会を築き上げました。
その結果今日では、ともすると物質的な価値観が何にも増して幅を
利かせ、人びとの疎外感を増幅しているように感じられます。
精神主義と物質主義、私たちの心に中で、ほど良い調和は実現しないの
でしょうか?
2014年8月6日水曜日
バオバブの花を見てきました。
京都府立植物園の観覧温室で、バオバブの花を見てきました。
バオバブの木というと、すぐに思い浮かぶのは、サン・テグジュベリの
「星の王子様」です。この本の中では、三本の立派なバオバブが、小さな
星の地表を埋め尽くしている挿絵が印象的です。
’90年に大阪で開催された「花の万博」でも、少し離れたところから見た、
孤高の姿でたたずむバオバブの木が、何にもまして記憶に残っています。
ずんぐりとしたその形状が独特で、まるで上下逆さまに地面に突き刺さり、
地中に向かって伸びているかのような、微動だにしない雰囲気があります。
さて、お目当てのバオバブの花は、思い描いていたよりもかわいく、
ーといっても立派ですがー白い花弁が電燈の笠のようにぶら下がって、何か
微笑ましい感じがありました。
バオバブの木は、観覧温室の砂漠サバンナ室にあるのですが、
温室内には他に、ジャングル室、ラン・アナナス室、高山植物室などがあり、
順路に沿って進んで行くと、各スペースによって温度、湿度がまったく
異なります。世界の自然環境の多様さを、ちょっと疑似体験した気分でした。
高山植物室はこの季節には心地よく、温室の外にでてもジャングル室と
変わりばえしない気温に、うんざりしました。
バオバブの木というと、すぐに思い浮かぶのは、サン・テグジュベリの
「星の王子様」です。この本の中では、三本の立派なバオバブが、小さな
星の地表を埋め尽くしている挿絵が印象的です。
’90年に大阪で開催された「花の万博」でも、少し離れたところから見た、
孤高の姿でたたずむバオバブの木が、何にもまして記憶に残っています。
ずんぐりとしたその形状が独特で、まるで上下逆さまに地面に突き刺さり、
地中に向かって伸びているかのような、微動だにしない雰囲気があります。
さて、お目当てのバオバブの花は、思い描いていたよりもかわいく、
ーといっても立派ですがー白い花弁が電燈の笠のようにぶら下がって、何か
微笑ましい感じがありました。
バオバブの木は、観覧温室の砂漠サバンナ室にあるのですが、
温室内には他に、ジャングル室、ラン・アナナス室、高山植物室などがあり、
順路に沿って進んで行くと、各スペースによって温度、湿度がまったく
異なります。世界の自然環境の多様さを、ちょっと疑似体験した気分でした。
高山植物室はこの季節には心地よく、温室の外にでてもジャングル室と
変わりばえしない気温に、うんざりしました。
2014年8月3日日曜日
島田雅彦著「優しいサヨクのための嬉遊曲」を読んで
島田雅彦のデビュー作にして初期代表作です。
60年安保から70年安保闘争に続く時代、いわゆる政治の季節として、
左翼学生たちによって、一般市民も巻き込んで時の政権の
日米安保条約改定、延長を阻止すべく、激しい抵抗活動が行われました。
しかし70年を過ぎると、追い詰められた先鋭的な左翼活動家の組織が
無残な自壊を遂げ、それとともに学生の左翼運動も急速に衰えて行きます。
本書はそのような時代の、左翼的な問題意識を持つ大学生のサークルの
メンバーそれぞれの行状を、パロディをふんだんにまぶして描きます。
最早、切実に国の現状を変える目標もなく、大衆の支持もない彼らが、
時代錯誤という目に晒されながら、いかに自らの思想を行動や生活に
結び付けていくか?
ソ連の反体制活動家の支援活動は、膠着した現状を打破するために、
彼らにとってまさに打って付けの政治行動です。
彼らの活動は、冗談まじりにあくまで柔らかく、時には恋の誘惑にあっさり
宗旨替えし、消費社会に毒されて目的と手段が転倒します。
でも時代に流されて何も考えない、問題意識を持たない人間になるよりも、
その方がよほど良いのではないでしょうか?
柔軟な生活、思考活動の勧め。私には本書が、主人公たちの未熟さ、
浅はかさへの皮肉ではなく、彼らへの応援歌に読めました。
そしてもしそうであるなら、この小説は現代の硬直した私たちの社会への
問題提起にもなります。
60年安保から70年安保闘争に続く時代、いわゆる政治の季節として、
左翼学生たちによって、一般市民も巻き込んで時の政権の
日米安保条約改定、延長を阻止すべく、激しい抵抗活動が行われました。
しかし70年を過ぎると、追い詰められた先鋭的な左翼活動家の組織が
無残な自壊を遂げ、それとともに学生の左翼運動も急速に衰えて行きます。
本書はそのような時代の、左翼的な問題意識を持つ大学生のサークルの
メンバーそれぞれの行状を、パロディをふんだんにまぶして描きます。
最早、切実に国の現状を変える目標もなく、大衆の支持もない彼らが、
時代錯誤という目に晒されながら、いかに自らの思想を行動や生活に
結び付けていくか?
ソ連の反体制活動家の支援活動は、膠着した現状を打破するために、
彼らにとってまさに打って付けの政治行動です。
彼らの活動は、冗談まじりにあくまで柔らかく、時には恋の誘惑にあっさり
宗旨替えし、消費社会に毒されて目的と手段が転倒します。
でも時代に流されて何も考えない、問題意識を持たない人間になるよりも、
その方がよほど良いのではないでしょうか?
柔軟な生活、思考活動の勧め。私には本書が、主人公たちの未熟さ、
浅はかさへの皮肉ではなく、彼らへの応援歌に読めました。
そしてもしそうであるなら、この小説は現代の硬直した私たちの社会への
問題提起にもなります。
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