2019年5月1日水曜日

染、清流館「蝋絵染・松本健宏展」を観て

京都精華大学出身の染色作家松本健宏さんとは、お若い時からしばしば当店に
ご来店いただいて交流もあり、またその誠実な人柄と染色に取り組まれる真摯な
姿に好感を持って来たこともあって、今回の個展の案内をいただいた時には、久し
ぶりに作品を見せていただくことにを、嬉しく思いました。

染、清流館の会場を入ると、まず今展のメインの大作「ヒビノクラシ」に引き込まれ
ます。この作品は、16面横幅14.7メートルの壮大なろうけつ染めの作品で、京都
綾部の限界集落にアトリエを構え、最初パネル2面での発表から、10年の歳月を
掛けて完成されたものです。

松本さんによると、その集落の豊かな自然の中に佇む情趣ある姿に魅せられながら、
同時に最初に感じた寂しさや生活の厳しさが、現地に通いつめ、村の人々と交流を
重ねるほどに、現代の都市生活では味わうことの出来ない、安らぎや心清められる
心地を抱かせる大切な場所に、変わって行ったそうです。

そしてこの大作は、彼のその想いを集大成した作品で、生地の地色に黒一色という
シンプルな色使いでありながら、その醸し出す色感の多様さに驚かされます。白地
に黒というと、私たちはすぐに水墨画を思い浮かべますが、この作品はろうけつ技法
を用いているということで、まず蝋で伏せ、その周囲を墨で埋めるという工程で制作
され、その結果生地に筆で直接に描くのとは違う、確かな実在感と重層性、流動感
が生み出されている、と感じました。

またその画面全体の主調音を構成するのは、山から流れ出て集落に至る、鮮明な
漆黒で表現された水の流れでありながら、画面のところどころには、茅葺の家の中
の人々の慎ましやかな生活や、里に下りて来る愛くるしい動物たちが、詩情溢れる
姿で表現されています。

他の作品の緑豊かな自然、伊根の家屋の風雪に耐える力強さ、あるい花火の一瞬
の華やぎやはかなさなど、作品は作家の人となりを現わすという言葉が実感出来る、
忘れられない展示会となりました。

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