2019年5月13日月曜日

梯久美子著「原民喜 死と愛と孤独の肖像」を読んで

原民喜の作品は今まで読んだことがありませんが、「夏の花」は優れた原爆文学
としてかねてより耳にしてきました。本書の著者梯久美子には、先日名作「死の棘」
の作者島尾敏雄の妻ミホを主人公とする「狂うひと」を読んで感銘を受けていた
ので、いやがうえにも期待が高まりました。

この本は冒頭、原のショッキングな鉄道自殺から始まります。しかしその自死には
沈痛なものは当然あっても、何かなすべきことをなしたようなさばさばした印象が
あります。それは彼がすでに以前より死を意識して友人、知人に周到な遺書、遺品
を準備し、事件後それを受け取った友人たちも、皆その死を悼みながら、あらかじめ
覚悟していた節があるように感じられるからと推察されます。

更にはこの作家の文学の性質が、彼のそのような死を運命づけていたとも想像され
ます。これらの事柄は、原民喜の人生と文学を語る上で大変に重要です。従って、
本書の導入部分は秀逸であると感じられました。

彼の人生のキーワードとして、作家自身もエッセイの中で語っているように、死と愛と
孤独が挙げられます。この本もその三つの言葉に従って進められて行きますが、
その大きな流れは、広島の裕福な家庭に育った繊細で鋭敏な心を持つ少年が、良き
理解者である父と次姉を相次いで早くに失って、死を身近に感じるようになり、
成人後最愛の妻を得るも結核で亡くし、失意の疎開後被爆、以降戦後の混乱期に
原爆と妻の回想を題材として文学を発表して、短い生涯を閉じた、というものです。

このように原の人生を辿ると、彼の文学は過酷な人生に寄り添うものであったことが
分かります。彼は不器用で世知に乏しく、決して社交的な人間ではなかったといい
ます。しかし多くの文学仲間に愛されたという事実は、彼に捨て置けない人間的魅力
があったということでしょう。

また彼の妻や、孤独の晩年の一瞬彼の心に光を与えた女性への彼の接し方を見る
と、原が愛情に溢れた誠実な人間であったことが理解出来ます。死者や社会的弱者
に寄り添いながら、自身はじっと孤独に耐え、愛情を内に秘めて紡ぎ出された文学。
本書を読んで、原の作品のそんな文学像が浮かびます。代表作「夏の花」が是非
読みたくなりました。

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