2018年10月31日水曜日

小川糸著「ツバキ文具店」を読んで

小川糸さんの名前は耳にしていましたが、作品を読んだことはありませんでした。
それがこの度、長年ご愛顧頂いている着物雑誌「七緒」の取材で、私たちの
三浦清商店を訪問されることになり、急遽ご著書を読むことにしました。

何がいいかと書店のコーナーで思案して、確かテレビドラマ化もされている本書を
手に取りました。読み始めると若い女性目線で書かれた物語に、還暦を過ぎた男
の私としては戸惑うところもありましたが、次第にほのかな温もりのある独特の
世界に引き込まれていきました。

まず鎌倉というロケーションが、この物語の雰囲気を作り出すのに大きな役割を
担っていると感じました。

生まれも育ちも関西で出無精の私は、行ったことがないのでイメージでしか鎌倉
を語れませんが、私の暮らす京都同様かつて政治の中心であった古い歴史が
あり、神社仏閣も多く落ち着いた印象で親近感が湧き、その上東京から適度な
距離を隔てた位置取りから近代には鎌倉文士と呼ばれた作家が多く在住し、また
映画監督小津安二郎に愛されるなど文化芸術の気分を色濃く残し、おまけに
木々の緑が身近なだけでなく海も近く、自然豊かで開放感がある。観光地として
おいしい食べ物屋やリラックス出来る喫茶店も多い。

私が一度は行ってみたいと夢想する場所のイメージの上に、この若い女性を
主人公とする心温まる人々の交流の物語は展開するのです。

字が書けない人がまだ多くいた時代はともかく、本書のような役割設定の代書屋
が今も存在するのかどうかは知りませんが、この物語を読むと、パソコンで印字
した文字や電子メールが全盛の世の中で、肉筆で手紙を書くことの意味が見えて
来ます。

真心や好意、感謝を本心から相手に伝えたい時に手書きの手紙を送る。しかも
先方を思いやり、細心の注意を払って文字をしたためる。そうすれば印字された
ものやディスプレイ上の文字では表現不可能な真意が相手に伝わるはずです。

また相手への断り状、絶縁状をわざわざ手紙に記して届ける。面と向かって口頭
で伝えるのとは違う、角が立たない、こちらの覚悟を明確に伝えるなどの効果が
あるはずです。

人と人の関係は奥深く複雑です。本書は代書という行為を通して、相手に心を
伝えることの大切さを示しているように感じました。

手紙の書式上の約束事、筆記具、封筒、便箋の用例なども、参考に出来るところ
があると感じました。

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