作家眉村卓については名前を聞いたことがあるぐらいで、作品を読んだ記憶もあり
ませんが、やはり、死を宣告された妻に毎日一話の物語を作って語り聴かせると
いう、本書の成立の経緯とタイトルに興味を覚えて、ページを開きました。
読み始めてまず、眉村が恐らくショート・ショートを得意とする作家であるとはいえ、
毎日一話の物語を何年にも渡り創作するという、発想力と持続力の途方もなさに
感じさせられましたが、作者が妻のために物語を作ることになった事情の説明や
彼女の闘病の様子、更にはさかのぼって夫婦の来し方の回想のエッセイの間に、
創作日時順に3つのパートに分けて挟み込まれた、実際の一日一話から選び出さ
れた数編の物語と、それぞれの作者自身による解説を読み進めるうちに、小説家
とその妻という彼ら夫婦の絆の強さに感銘を受けました。
記載された一話をパートごとに区切って見ると、眉村も創作過程の前提条件として
説明しているように、第1のパートの初期の数編は、作者自身が妻の病の経過の
衝撃的な事実を知り動揺を禁じ得ず、またそのような絶望的な状況に置かれた
彼女を慰め、励ますための物語として、作者がどんな話を作るのかまだ手探りの
状態で、更には彼女の病状をおもんばかってストーリーに様々の制約を設けていた
ので、相対的に物語に起伏が乏しく、伸びやかさに欠けるように思われます。
第2パートの数編になると、作者も大分この創作方法に手慣れて来て、発想の
面白さやストーリーの大胆な飛躍に読みごたえを感じます。彼の妻も症状の進行の
渦中でも夫の紡ぎ出す物語に、少なからず慰安を与えられたのではないか?
そんなことを思わず想像したくなります。またこのパートの話の中には、作家自身
のこの過酷な現実を何とか転換出来ないかという無意識の願望が垣間見える作品
もありました。
最後の第3パートでは、いよいよ作者の本領発揮、読後考えさせられたり、余韻の
残る作品が見受けられました。眉村は間近に迫る夫人の死を運命として静かに
受け止め、残されたわずかな時間を慈しみを持って妻に寄り添う覚悟を決めたよう
に思われます。
この側々とした感動の伝わって来る本を読み終えて、本書が当初は最愛の夫人の
レクイエムとして編まれながら、結果として作者がこの一日一話の業を成し遂げる
ことによって、自らが妻の死という残酷な試練を克服した記録としても読むことが
出来ると感じます。その意味で優れて著者の内面を掘り下げる好著でした。
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