2018年5月30日水曜日

川上弘美著「水声」を読んで

2014年度の読売文学賞受賞作です。読み始めて、あまりにも取り留めがないようで
戸惑いました。しかし登場人物の関係性がミステリアスで、読み進めたら謎が解ける
のかと思われて来て、どんどん先を読みたくなる、私にとってそんな小説でした。

とにかく、家族、夫婦、子供の関係が、まったく社会の規範に囚われていません。
ママとパパは腹違いの兄妹で、主人公の都と弟の陵はママの実の子ではあるけれど、
本当の父親は親しい存在ではあっても、別に家庭を持って生活しているらしいのです。

いや、都と陵も母親は一緒でも、父親は別人かもしれません。しかも都と陵は、ママの
死後一度家を出ながら、もう誰も住まなくなったこの家に再び帰って来て、恋愛感情に
等しい感情を持って、二人で暮らしているのです。

ざっと記すだけで、世間の常識に囚われた私の頭は混乱して来ますが、この複雑な
関係の中でまず私の印象に残ったのは、ママとパパは本当の夫婦ではありません
でしたが、都と陵という二人の子供の存在によって母親と父親の役割を果たし、愛情を
分かち持つ家族を作り上げていたことです。

それに対して都と陵は、ママとパパの関係をなぞるようでいて、二人を仲介する子供が
存在しない故に、二人は純粋に惹かれ合う感情を持って同居しているのではないかと
いうことです。

ここで意味を増すのは、ママの不在とこの疑似家族が暮らして来た家の存在で、ママ
亡き後、この家にはパパがコレクションしした時計が並べられた開かずの部屋が設け
られ、そんな家に都と陵が帰って来ることになります。つまり、ママを巡る記憶の集積
した家に、二人は吸い寄せられるのです。

この家族の関係は、家族とはこうあるべきという社会が求める決まり事から、あまり
にも自由です。自由過ぎてつかみどころがないけれど、その分家族の絆や親子や
男女が愛し合う感情が、純粋な形で描き出されているように感じました。

また人々の心に蓄積する記憶というものもこの小説の大切なテーマで、第二次世界
大戦下の凄まじい空襲の記憶、昭和という懐かしい時代の記憶、東日本大震災を
体験するという筆舌に尽くしがたい記憶、そしてママの記憶、それら悲喜こもごもの
記憶たちが降り積もり、それぞれの人の生き方を規定して行くということを、静かに
語り掛けているように感じられて、染み入るような余韻が残りました。

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