パリ生まれで国際的に活躍する、現代を代表する美術家の大規模な回顧展です。
日本でも、「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」「「瀬戸内国際芸術祭」
に参加して、よく知られたビジュアルアートの現代美術家ということですが、私は
これまで作品を鑑賞したことがなかったので、期待を持って会場に向かいました。
のっけから不気味な男が足を投げ出し、座った身体をくのじに折って、苦しそうに
咳き込み、血を吐く映像作品「咳をする男」に度肝を抜かれます。
一体これは何を表そうとしているのか、訳の分からないうちに、背後から響くドラム
のような心臓の鼓動の音にも急き立てられて、白昼夢のようなボルタンスキーの
提示する幻想の世界に入り込んでいきました。
それからは、文字通り夢うつつの空間をさまようように、印象的な作品たちを巡り
ましたが、その中でも特筆すべきは、まず、「影(天使)」や「影」の薄暗がりの天井
や壁面に影絵のように不気味なマペットのシルエットが回転、あるいは浮遊しな
がら浮かび上がる作品。これらの作品は、何か幼い頃の得体の知れない怖さの
記憶を、呼び覚ますように感じられます。
次に壇を設え、飾られた人物の顔写真を照明で飾り立て、あたかも何かの宗教
の祭壇をイメージさせる、「モニュメント」のシリーズや「聖遺物箱(プリーム祭)」
の作品群。これらは匿名的な顔写真を、何か聖性をおびたものに感じさせます。
更には、まだ着ていた人の体温が残るような夥しい古い衣服が、三方の壁に
ぎっしりと、しかも無造作に吊り下げられた作品「保存室(カナダ)」。この作品に
は、大量殺戮を暗示するような不気味さがあります。
最後に、砂漠と雪の大地で、細長い棒に取り付けられた数百の風鈴が風に揺れ
る様子を撮影した、映像作品「アニミタス(チリ)」と「アニミタス(白)」。この作品は
今回の展示の中で、一見私たち東洋人の感性に最も呼応するもののように感じ
られましたが、映像という痕跡だけを残そうとするその試みは、もののはかなさ
よりも記憶の確かさ示そうとする意図において、西欧的な自我を現わしているの
かも知れません。
全体を観終えて、得体の知れない不気味さの中にも、懐かしさや温もりを感じ
取ることが出来るのは、ボルタンスキーが過去の歴史における人間の愚行を直視
しながらもなお、人間への根本的な信頼を失っていないからかだと感じました。
0 件のコメント:
コメントを投稿