2019年4月22日月曜日

国立国際美術館「クリスチャン・ボルタンスキー」展を観て

パリ生まれで国際的に活躍する、現代を代表する美術家の大規模な回顧展です。
日本でも、「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」「「瀬戸内国際芸術祭」
に参加して、よく知られたビジュアルアートの現代美術家ということですが、私は
これまで作品を鑑賞したことがなかったので、期待を持って会場に向かいました。

のっけから不気味な男が足を投げ出し、座った身体をくのじに折って、苦しそうに
咳き込み、血を吐く映像作品「咳をする男」に度肝を抜かれます。

一体これは何を表そうとしているのか、訳の分からないうちに、背後から響くドラム
のような心臓の鼓動の音にも急き立てられて、白昼夢のようなボルタンスキーの
提示する幻想の世界に入り込んでいきました。

それからは、文字通り夢うつつの空間をさまようように、印象的な作品たちを巡り
ましたが、その中でも特筆すべきは、まず、「影(天使)」や「影」の薄暗がりの天井
や壁面に影絵のように不気味なマペットのシルエットが回転、あるいは浮遊しな
がら浮かび上がる作品。これらの作品は、何か幼い頃の得体の知れない怖さの
記憶を、呼び覚ますように感じられます。

次に壇を設え、飾られた人物の顔写真を照明で飾り立て、あたかも何かの宗教
の祭壇をイメージさせる、「モニュメント」のシリーズや「聖遺物箱(プリーム祭)」
の作品群。これらは匿名的な顔写真を、何か聖性をおびたものに感じさせます。

更には、まだ着ていた人の体温が残るような夥しい古い衣服が、三方の壁に
ぎっしりと、しかも無造作に吊り下げられた作品「保存室(カナダ)」。この作品に
は、大量殺戮を暗示するような不気味さがあります。

最後に、砂漠と雪の大地で、細長い棒に取り付けられた数百の風鈴が風に揺れ
る様子を撮影した、映像作品「アニミタス(チリ)」と「アニミタス(白)」。この作品は
今回の展示の中で、一見私たち東洋人の感性に最も呼応するもののように感じ
られましたが、映像という痕跡だけを残そうとするその試みは、もののはかなさ
よりも記憶の確かさ示そうとする意図において、西欧的な自我を現わしているの
かも知れません。

全体を観終えて、得体の知れない不気味さの中にも、懐かしさや温もりを感じ
取ることが出来るのは、ボルタンスキーが過去の歴史における人間の愚行を直視
しながらもなお、人間への根本的な信頼を失っていないからかだと感じました。

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