2019年1月6日日曜日

西部邁著「大衆への反逆」を読んで

過日、家族や公共の介護を拒否して自死を選んだことで話題になった、経済学者で
保守主義の社会批評家、西部邁の思想については、学生時代には左翼に傾倒して
その後保守へ転向したという経歴からも、かねてより興味を持っていましたが、今般
の自死事件に触発されて、本書を手に取りました。

この論集から受け取ることが出来る、著者の戦後日本の状況に対する捉え方は、
終始一貫して明確です。つまり産業主義と民主主義によって現出された大衆化が、
この社会を甚だしく毒しているというものです。

この論を読んで、私は全てに頷ける訳ではありませんでした。勿論私自身が戦後
生まれなので実感として戦前を知らず、また戦後の価値観は表向き戦前のそれを
全否定することから始まっているので、戦後教育を受けた私が曇りない目で公正に、
戦前、戦後の良し悪しを比較することは到底不可能だと思います。

しかしそれでも現在知ることが出来る戦前の歴史的事実や、両親を含め戦前生まれ
の人々から伝え聞いた暮らしのエピソードなどから類推しても、戦後の社会や生活の
方が恵まれ、優れていると感じられる部分が多々あるように思います。

具体的に見れば、全体主義的な政治体制が覆されて、人権が重視される体制に
なったこと、相対的に庶民の生活が経済的に豊かになり、科学技術、医療技術など
も発達して生活の質が向上したこと、などです。

しかし他方今日では、資本主義の高度化による市場競争の激化や、自由主義的、
個人主義的な考え方の弊害としての家族、共同体と個人との関係の希薄化が、人々
に疎外感を生み出しています。

したがって私は、戦後我が国を支えて来た産業主義と民主主義を全面的に否定
すべきではないと考えますが、著者が本書にまとめた論述を著した時期から約30年
の歳月が流れ、我々が成功体験として信じて来たこれらの主義が、上滑りして形骸化
していないか、あるいは現在の社会状況に適応する形で運用されているかどうか、
今一度懐疑の目を向けるべきであると感じます。

その意味において西部の主張は、私たちに貴重な警鐘を打ち鳴らしてくれているの
だと思いました。

0 件のコメント:

コメントを投稿