2018年9月14日金曜日

鷲田清一「折々のことば」1225を読んで

2018年9月12日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」1225では
17世紀フランスの哲学者パスカルの『パンセ』から、次のことばが取り上げられて
います。

  わずかのことがわれわれを悲しませるので、
  わずかのことがわれわれを慰める。

確かに私たちの心は、常に揺り動かされています。

例えば、あることを決断したとしても、それが確信のないことであれば、その後
果たしてその選択で良かったのか、と往々に不安が頭をもたげて来ますし、そう
いう場合に得てして決断が揺らぎ、決定を覆して後々後悔することにもなります。

また、私たちの心は絶えず満ち足りた思いや不満、うれしさや悲しさの中に揺れ
動いていて、一点にとどまることがないように思われます。

美味しいものを食べるとか、素晴らしい音楽を聴き、心を動かされるような絵画に
巡り合うなどという、何も特別な体験がなくとも、ちょっとした人の親切や優しい
言葉に触れ心を和ませられ、可憐な花や可愛い小動物の仕草に思わず笑みを
漏らしたり、一瞬のうちに幸福な気分になることがあります。

逆に、心無い言葉を掛けられたり、自分の言動が人を傷つけたのではないか
と感じられたり、何かの拍子に孤立感に囚われると、急に心が沈み、落ち込んで
しまうこともあります。

そのように揺れ動く心をなるべく平静に保つには、出来ることなら少しだけ満ち
足りた思いを持続させられるようにするには、その秘訣はなかなか難しいことでは
ありますが、何事をもポジティブに捉えるように心掛けることではないか、と最近
考えるようになって来ました。

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