2016年5月18日水曜日

長嶋有著「佐渡の三人」を読んで

佐渡の先祖伝来の墓に、親族の遺骨を次々に納めに行く珍道中を描く、連作短編
です。

長嶋有は芥川賞受賞作家ですが、私は今まで彼のことをほとんど知らなくて、今回、
朝日新聞の日曜読書面で、この本を同じく芥川賞作家羽田圭介が推薦している
のを見て、手に取りました。

それゆえ本連作の主人公が女性作家なので、最初てっきり作者は女性小説家だと
思い込んでいましたが、偶然Googleで検索して男性作家だと知り、この本を
読み進めることが俄然味わい深いものとなりました。

しかし本書は、一貫して親族の納骨と葬儀を描くのに、じめじめしたところは微塵も
なく、さばさば、からっとして独特の肌触りがあります。それでも全編に何か温かく、
ほのぼのとしたものが流れ、読後肩の力が抜けるようなさわやか気分を味わう
ことが出来ました。

その理由を考えてみると、佐渡の御殿医に端を発するこの一族の人間たちが
ことごとく個性的で、自分の生きたいように生きていること、互いに余り干渉せず
適度な距離を取っているが、それでいて親族としての緩い絆は確かに存在して、
親子の情、相手を思いやる心を持ち合わせていること、そして何より、男性作家が
女性に成りすまして、醒めた目線で語り部を務めていること、が挙げられると思い
ます。

主人公道子先生を初め、そのような親族の面々が、代わる代わる亡くなった
隣のおばちゃん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、隣のおじちゃん、それぞれの
思惑はともかく、遺骨を父祖の地に納めるべきだと、佐渡への珍道中を繰り返し
ます。

そこから浮かび上がって来るのは、家族にとってその一員の死とはどういうことで
あるか、祖父母世代の死によって残された家族が失うもの、受け継ぐもの、新たに
生まれるものは何か、ということであるように感じられました。

またこの作品は死を大きなテーマに据えていますが、高齢者介護についても
示唆を与えてくれると、高齢の母と生活を共にする私には感じられました。

すまわち道子先生の弟は、引きこもりになり定職に就かず、再婚した父親にも
反発して寝たきりの祖父母の家に居候し、ネットゲームに興じながら介護を担当
しているがその姿がきわめて自然体で、また祖父母の死を通して彼が社会との
つながりを取り戻して行く様子も見て取れて、介護においては、将来への展望の
なさに対する不安に必要以上に囚われることなく、彼のように肩の力を抜くことも
必要であると、感じさせられました。

私にとっては色々と考えさせてくれる、有用な小説でした。

0 件のコメント:

コメントを投稿