2016年5月16日月曜日

スヴァンテ・ぺーボ著「ネアンデルタール人は私たちと交配した」を読んで

ネアンデルタール人のゲノムの解読に初めて成功した、分子古生物学者の自伝
です。

それにしても私のような一般の人間でも、私たちホモ・サピエンスとネアン
デルタール人の間に性的関係があったのかどうかということは、十分興味を
引かれる話題です。

そんな訳で本書を手にしましたが、ゲノム解明に至る過程は、難題の続出による
試行錯誤の繰り返しや、他の研究者との一刻を争うせめぎ合いなど、想像以上に
スリリングなものでした。

ゲノムといっても、生物の細胞に内蔵される遺伝子情報ぐらいの認識しかない
私にとって、現存生物のゲノム解読もなかなか実感のつかめない話で、ましてや
数万年前に死滅した古生物のゲノム解明など、途方もないことに思われます。

しかし遺伝子を巡る分子生物学の進歩は目を見張るものがあり、それに平行して
古生物の遺伝子研究も目覚ましい発展を遂げていることが、本書を読むと了解
出来ます。正にその最前線に位置するのが著者です。

ですが輝かしい研究成果を上げるに至った彼の研究者生活も、決して当初より
成功を約束されたものではありませんでした。一時は臨床医になることも考えた
医学生時代に、幼少の時分より興味のあったエジプト考古学と分子生物学の
融合を思いつき、分子古生物学の領域に進みます。

古代の化石から抽出されたDNAには必ず、劣化、異変そして現代のDNAの混入が
あり、その特定に苦慮しながら、ネアンデルタール人のゲノム解読という格好の
研究対象を見出しますが、最初は到底実現困難なことに思われます。

しかし自身と研究チームの卓抜なアイデアや血のにじむ努力、研究技術の
飛躍的な向上や研究に適した新たな化石の発見など幸運にも恵まれ、遂には
ゲノム解明に至り、結果として現生人類とネアンデルタール人の交配という
衝撃的事実を明らかにします・・・。

彼の研究者としてばかりではなく人間としても素晴らしいところは、初期の志を
首尾一貫して貫徹する情熱と強い意志を持ち続けたこと、研究成果を十分な検証を
経るまで発表しない誠実な人柄、そして折にふれて、スタッフや研究仲間に気遣いを
見せる優しさにあると、感じられました。

本書の中の心に残る言葉は、人間と類人猿の違いは、人間には類人猿にはない
他者をおもんばかり、真似る能力があるというもので、その能力ゆえに人間は今日の
文明を営々と築き上げることが出来たということです。

著者の優れた研究も彼一人によって成し遂げられたものではなく、その分野に
関連する様々な科学者、技術者、研究者の努力の総和として生み出されたものです。
その点において人類は互いに学び、協力し合うことによって、未来に向けてより良い
社会を作り出す可能性を秘めていることも示してくれる、啓蒙的な書でした。

0 件のコメント:

コメントを投稿