2016年5月2日月曜日

小熊英二著「生きて帰ってきた男ーある日本兵の戦争と戦後」を読んで

気鋭の社会学者による、自らの父親の足跡を通して市井の立場から、我が国が
直面した第二次大戦の戦前、戦中、戦後の状況を探る論稿です。第14回
小林秀雄賞受賞作です。

私は戦後生まれですが、今の日本を知るためにも、あの戦争前後の社会情勢に
大変興味があります。特にこれらの激動の時期については、俯瞰する立場から
書かれた歴史書は多く刊行されているので、かねてより庶民の視点に立って
この時代を振り返る書を、読んでみたいと思って来ました。それゆえ、本書を
手に取った次第です。

本書の主人公謙二は、丁度今は亡き私の父ともほぼ年齢が重なるので、父の
人生をも思い返しながら、読み進めることになりました。

まず真っ先に感じるのは、彼ら(謙二、父)の人生の波乱万丈さです。あの大きな
戦争が勃発したのだから、当然といえば当然ですが、戦後復興期から
高度成長期に成長した私たちの世代とは、生死についても明日をも知らぬという
人生体験において、天と地ほどの差があります。

だからこれらの世代とは私たちは全く別次元の存在であると、これまで考えて
来ましたが、本書を読むと、当人がその時々に置かれた状況や直面する事態に、
自分の対応出来る範囲で適切な選択をしようと行動するところや、人生という
ものがままならず、また往々に運、不運が生き方を左右するものであるという点に
おいて、謙二らの当時の人生と今の私たちのそれには、思っていた以上に共通
する部分が多いと知らされました。

この気づきによって、生前の父の人生経験に私がイメージしていたものと、それを
前提として、いくばくかの距離感を持ってしか父と接することが出来なかったことの
余りにもの落差の大きさに、今更ながら驚かされました。

しかし逆を返せば、時代は変われど人間の生活行動の本質が変わらない以上、
戦前や敗戦前後の庶民の経済的困窮や、戦争という生理的に人の命が大変軽く
取り扱われる危機的事態が、そのただ中に生きる人々の人生をどれほど翻弄
するかという事実を、本書は明解に焙り出し、国家のあるべき姿に大きな示唆を
与えていると言えます。その意味において、本書は過去を語りながら未来を
指し示す書でもあります。

謙二の人生の、激動の時にも常に目的意識を失わず、道理をわきまえた真摯な
生き方、またそれを理路整然と客観的に語る能力、そして著者である英二の
自分の父の時々の行動に、研究者らしく当時の社会、経済状況を的確に重ね
合わせる技量、両者の絶妙の取り合わせによって本書が成り立っていると
言えます。

はっきりとは語られぬとも、父の生き方の核心は、確実にその息子に受け継がれて
います。

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