2016年3月15日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「夢十夜」108年ぶり連載
第五夜に、主人公の囚われた古代の戦士に一目会うために、懸命に白馬を
駆る愛する女が、突然の悲劇に見舞われる様子を記する、次の文章が
あります。
「こけこっこうと鶏がまた一声鳴いた。
女はあっといって、緊めた手綱を一度に緩めた。馬は諸膝を折る。乗った
人と共に真向へ前へのめった。岩の下は深い淵であった。」
まるでシュールレアリスムの不条理映画を観ているかのように感じさせる、
短編です。
映像が目の前に浮かんで来るような臨場感があり、そして突然断ち切る
ごとくに物語が終わる。
実際の夢も往々に、そんな結末を迎えるものだけれども、私は話のなりゆき
から、戦士と愛する女の涙ながらの抱擁を望んでいたのかもしれません。
結末には見事に裏切られましたが、そこから様々に想像される’その後’に
対する余韻が立ち上がって来ました。
いわく、もし死後の世界があるのなら、男と女はすぐにあの世で巡り合う
ことが出来る。ここで女が死んだことは無駄ではない。
だがそんなものは決して存在しないなら、戦士は女の不実を恨み、女は
戦士に会えない無念を心に秘めて息絶えることになる。
しかし女を乗せた白馬の蹄の跡が岩に刻み付けられている間は、彼女を
陥れた天探女が敵であるとは、結局はこの戦士は死を免れるのか?
謎は多いけれども、魅力的な短編です。
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