2014年9月22日月曜日

漱石「こころ」における、先生の孤独

2014年9月22日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「こころ」100年ぶり連載
先生の遺書(107)に、先生が自らの孤独について語る次の記述が
あります。

「私は心のうちで悲しかったのです。それでも私は妻に何事も説明する
気にはなれませんでした。」

「理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うと
益悲しかったのです。私は寂寞でした。何処からも切り離されて
世の中にたった一人住んでいるような気のした事も能くありました。」

事情を説明する手段はあるのに、先生は恥ずかしさとプライドに
邪魔されて、妻にKの自殺の経緯を語ることが出来ません。

そのために、愛する妻に理解されないと感じる先生の孤独は、どんどん
深まっていきます。

なんという矛盾、理不尽、悲しい事態でしょう!ついには、厭世的な
気分にもなって行きます。

では、そこまで自らの立場を貶めながらも、先生をして最後まで語ることを
思いとどまらせた原動力は、一体何だったのでしょうか?

そこがなかなか解らない。その思いは今も続いています。

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