2014年4月29日火曜日

ユイスマンス著「さかしま」 澁澤龍彦訳を読んで

斜陽のフランス貴族の末裔、デ・ゼッサントが時代と社会に絶望して、
自らの趣味、趣向の限りを尽くしたパリ郊外の家に隠棲し、体験する
思索の日々をつづった小説です。

まず、作者の博識に舌を巻きます。それに伴う訳注の膨大なこと!
翻訳も、澁澤なればの仕事と思わせます。

主人公の思考も、審美眼も極端に偏っていますが、終始一貫している
だけに滑稽ではあるが、妙に説得力があります。

すなわち、近代ヨーロッパの急速な資本主義の発達に伴う、
新興ブルジョア階級の台頭によって、失われていく旧来のキリスト教的
価値観を、変質した形ではあっても守ろうとしたのがデ・ゼッサントであり、
この小説はかたくなな彼が時流に押し流されて、ついには、敗北する姿を
描くものでもあるのでしょう。

皮肉にも本作が、以降に象徴主義文学や世紀末美術を語る上で、
欠くことの出来ないものとなったのは、主人公の隠遁生活の顛末を通して、
デカダンスというものが本来持つ、滅び行く一瞬に光彩を放つという性質を、
的確に描き出している所以ではないでしょうか。

いずれにせよ、この小説の長大な叙述から浮かび上がる、西洋の学芸の
輝かしき歴史は、私のような、東洋の島国の一読者にも、彼我の文化の
違いをいやが上にも突きつけてきます。

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