2019年10月25日金曜日

大江健三郎著「ヒロシマ・ノート」を読んで

広島平和記念資料館がリニューアルされたのと時を同じくして、名高い大江のヒロシマ
・ノートを読みました。そして、広島の原爆の惨禍、被爆者の窮状に、全身全霊の生真
面目さで向き合う、若き日のノーベル文学賞受賞作家の熱情に、感銘を受けました。

著者が初めて被災後の広島を訪れたのは、原爆投下から18年後の第九回原水爆禁止
世界大会開催の直前でした。そして正にその時の体験こそが、本書に綴られるように、
以降大江が広島の被爆者に関わり続ける、強い端緒となったと推察されます。

それは彼が取材のために訪れたくだんの原水禁世界大会が、被爆地で開催され、全て
の核兵器を廃絶するという、人類共通の崇高な理念を帯びているにも関わらず、実際の
大会は国際的な力関係や政治の利害によって開催を危ぶまれ、正当な主張さえ歪め
られかねない、その体たらくを目撃したからです。

この訪問によって大江は、被爆者や被爆者二世に今なお続く苦患を目にする一方で、
エゴイズムが渦巻く核兵器反対運動の現状を体験して、大きな憤りを覚えるのです。
以降彼の広島への関心は、被爆者その人たちの生き方の直接の考察へと傾斜して
行きます。

著者が見た被爆者たちは、長年の原爆症に苦しみ、あるいはその発症に怯えながらも、
自分の使命を感じ、毎日を真摯に生き、核兵器反対の意志を明確にし、一人一人は
微力でも世間に切実に訴えかけようとする人々でした。大江はその姿にモラリストとして
の生き方や人間の威厳、正統的な人間としての誇りを感じます。

辛酸をなめ尽くした後の人間の底力に彼は感銘を受け、未来への希望を見出したのだ
と思います。

それぞれの被爆者のエピソードの、熱を込めた記述のほとんどを、私は共感を持って
読みましたが、唯一被爆が原因の白血病を発症し、2年の小康状態の後亡くなった青年
の、後追い自殺をしたフィアンセの若い女性のエピソードは、いかなる理由であれ健康
な肉体が失われることに対して、いたたまれないものを感じました。

本書のエピローグに紹介されていますが、原爆の悲惨を描いた名画『原爆の図』の作者
丸木位里、俊子による絵本『ピカドン』から採られた絵と付された短い文章が、この本の
カットに用いられています。これらも本書に綴られた記述と共に、強い説得力を持って、
核爆発の恐ろしさを訴えかけて来ます。

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