2019年10月11日金曜日

イサク・ディネセン「アフリカの日々」を読んで

第一次世界大戦前後、植民地東アフリカで、コーヒー農園経営に携わった、北欧貴族
の女性の体験に基づく物語です。

従ってアフリカを巡る国際情勢や、現地の人々の生活習慣など、現在とは大きく隔たり
があり、いわゆる過ぎ去った時代の物語ではありますが、それでも、それを差し引いて
も余りある、魅力的な物語です。

何故かというと、主人公の女性農園経営者が、アフリカの土地とそこに暮らす人々を
心から愛し、偏見なく慈愛を持って接する故に、その懐に深く入り込んで、当時のアフ
リカの豊かな自然や現地人の習俗を、体験し記述しているからです。

無論女性主人公がいくら慈悲深い人ではあっても、植民者と土着民の関係には、自ず
と支配、被支配の力が働きます。しかしそのような人間関係が示す限界も、現代に生き
る私たちに、多くの示唆を与えてくれるように思われます。

その点は後ほど記するとして、まず当時のアフリカの豊かな自然環境があります。雨期
と乾期で全く表情を変える、風光明媚で広大で、荒々しい高原地帯。農作物の収穫量は
天候に大きく左右され、膨大な数のイナゴの来襲にも見舞われます。正に運を天に任せ
るしかない趣きがあります。人間が農業に携わる長い歴史の中で、リスク管理に取り組
むようになった原点を、見る思いがします。

厳しい気候の一方で、野生動物も豊富です。主人公たちは動物を狩るサファリを、スポ
ーツのように楽しみます。野生動物が厳重に保護される現在では、考えられないこと
ですが、それほどかつての自然は豊穣であった、と感じられました。

野生動物との関係でもう一つ印象に残ったのは、親のいないガゼルの子を主人公が家
に連れ帰り、そのガゼルが成長後、野生に帰ってからも子供を連れてしばしば主人公を
訪れる場面。その詩情豊かな表現は、人と野生動物の愛情による絆を感じさせます。

当時の現地人の生活、習俗も大変興味深く、まず印象的だったのは、彼らの中では家畜
等大切な所有物のやり取りによって、主な経済活動が行われること。例えば、誰か若者
が相手を殺した場合、殺した側の親が殺された側の親に、その死に見合う家畜を譲ると
いうように。

しかしこの物語の時代には、宗主国の西洋的な犯罪観が裁判を通して導入されて、現地
の人々の考え方との間に、齟齬が生じて来ていました。同様に最後に主人公が農場経営
に失敗して、現地を去ることになった時も、借地人である現地人は、彼らにとっては言われ
ない立ち退きを命じられるなど、後々の独立後のアフリカ諸国の政情不安の兆しを、見る
思いがしました。

色々な意味で内容豊富な、満足出来る読書を楽しみました。

0 件のコメント:

コメントを投稿