2019年8月28日水曜日

大阪市立美術館「フェルメール展」を観て

現存作品が35点といわれる、あの希少なフェルメールの絵画が、6点も出品されて
いる今回の「フェルメール展」に、行って来ました。フェルメールの作品だけでなく、
黄金期のオランダ絵画の秀作を含む、45点が展示されています。

会場に入るとまず、第1章オランダ人との出会い:肖像画が、私を出迎えます。
肖像画の華麗さ、精緻さは目を見張るばかりで、我々の見慣れた肖像写真と比較
しても、装飾性は言うに及ばず、対象の人物の細部に至るまで、更には容易には
目に見えない分部まで、描き切ろうととする画家の意志が感じ取れます。その飽く
なき探求の姿勢は、フェルメールにも通じると感じました。

会場を巡って、第5章日々の生活:風俗画も、フェルメールとの関連性において、
内容が豊富であると感じました。この時期のオランダ絵画の特色として、庶民の
日常生活を、場合によっては戒めの意味を込めて、生き生きと活写した風俗画が
多く描かれたようですが、それらの画面からは、宗教的桎梏を脱して、自由を謳歌
する人々の姿が、伸びやかに描き出されていると感じました。当時の社会に満ちた
雰囲気までくみ取れるようで、私もくつろいだ気分になりました。

さて、そしてお目当てのフェルメール作品です。「マルタとマリアの家のキリスト」と
「取り持ち女」は初期の作品で、私にはフェルメールらしさは、あまり感じられません
でした。ただ両作品とも、当時のオランダ絵画のモチーフの傾向を色濃く感じさせ、
彼がこの国の黄金期の画家の一員であったことを、再認識させてくれると共に、
円熟期に至る過程を知る意味でも、興味深く観ました。殊に後者は、同じ題材を
扱った他の画家の作品より一層ミステリアスで、この画家の内省的な資質を、現して
いるのかも知れません。

「手紙を書く婦人と召使い」「手紙を書く女」「リュートを調弦する女」「恋文」は、正に
フェルメールらしい円熟期の作品。美しく穏やかで、柔らかな光が浮き上がらせる
一瞬の心理劇が、画面に定着されています。儚く優美で、それでいて普遍的な人間
という存在や、森羅万象の摂理まで描き込まれているようで、画面の中に吸い込ま
れそうです。

第5章のパートの、ハブリエル・メツー「手紙を読む女」「手紙を書く男」と比較して、
同様の主題を扱いながら、フェルメールの絵画の精神的な到達点の高さに、驚か
されました。フェルメールの魅力を、堪能出来る展覧会でした。

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