若山牧水の歌は、私も「白鳥は哀しからずや・・・」や「白玉の歯にしみとほる・・・」を
時々口ずさみますが、彼が旅と酒の歌人であるというイメージは持っていても、これ
らの名歌が恋愛の過程で生まれたことは知りませんでした。
また著者の俵万智は、歌集『サラダ記念日』で一世を風靡した歌人として、私も読ん
で好感を持ち、よく記憶していますが、それ以降の歌集、著作は読んだことがありま
せんでした。
その二人の取り合わせも興味深く、本書を手に取りました。
この本を読んでまず、若き日の牧水の小枝子との恋愛は、彼のロマン的性格も相
まって、苦渋に満ちたものであったと言わざるを得ません。また彼が後年酒に溺れ、
早世する切っ掛けを作ったのも事実です。
しかしまた、この恋愛の修羅から、絞り出すように生まれた数々の秀歌が、国民的
歌人若山牧水を作り上げたことも、厳然たる事実でしょう。
恋愛が成就するか否かは、たとえ一時は両当事者に熱烈な愛情があったとしても、
それぞれの置かれた環境や条件、タイミングなどにもよって、大きく左右されます。
牧水と小枝子の恋愛は、微妙なすれ違いを繰り返したとも見えますし、彼の若気の
至りであったとも、言えるのではないでしょうか。
また女流歌人への片思いを経て、彼がついに結婚した喜志子は、歌人としての夫
を良く支え、彼の没後は夫の歌の顕彰に勤めました。牧水は終生、小枝子の面影
を追い続けたといいますが、彼にとってこの結婚こそが、運命に適うそれであったよう
に思われます。
それにしても、小枝子との恋愛の渦中で紡ぎ出された幾多の歌は、本当に魅力的
です。恋愛を駆動力とする歌こそが、正に短歌の王道と思わせます。
しかし同時に、この恋の過程の時々に生まれた歌と、その時の彼の心の動きを併記
して、丹念に著者が解説する本書を読むと、歌は現実を契機としても、あくまで
文学的創造の産物であることにも、気づかされます。
その端的な例は、小枝子との恋愛の絶頂期に、千葉県根本海岸を訪れたことを読ん
だ彼の高揚した歌の中から、実は二人きりで行ったのではなく、同行した彼女の若い
従弟の影が完全に消されていることです。この事実には、驚かされました。
著者俵万智は、牧水への敬愛を込めて、丁寧にこの恋の一部始終と歌の関係性を
読み解きます。そのお陰で私は、まるで彼の生きた時代にタイムスリップして、彼の
実際に活動する姿を目の前にしているように感じられましたし、他方、著者の女性的
な感性での読み解き方が、牧水という人間の陰翳を際立たせるようにも、感じられ
ました。満足のいく読書でした。
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