2019年8月11日日曜日

俵万智著「牧水の恋」を読んで

若山牧水の歌は、私も「白鳥は哀しからずや・・・」や「白玉の歯にしみとほる・・・」を
時々口ずさみますが、彼が旅と酒の歌人であるというイメージは持っていても、これ
らの名歌が恋愛の過程で生まれたことは知りませんでした。

また著者の俵万智は、歌集『サラダ記念日』で一世を風靡した歌人として、私も読ん
で好感を持ち、よく記憶していますが、それ以降の歌集、著作は読んだことがありま
せんでした。

その二人の取り合わせも興味深く、本書を手に取りました。

この本を読んでまず、若き日の牧水の小枝子との恋愛は、彼のロマン的性格も相
まって、苦渋に満ちたものであったと言わざるを得ません。また彼が後年酒に溺れ、
早世する切っ掛けを作ったのも事実です。

しかしまた、この恋愛の修羅から、絞り出すように生まれた数々の秀歌が、国民的
歌人若山牧水を作り上げたことも、厳然たる事実でしょう。

恋愛が成就するか否かは、たとえ一時は両当事者に熱烈な愛情があったとしても、
それぞれの置かれた環境や条件、タイミングなどにもよって、大きく左右されます。
牧水と小枝子の恋愛は、微妙なすれ違いを繰り返したとも見えますし、彼の若気の
至りであったとも、言えるのではないでしょうか。

また女流歌人への片思いを経て、彼がついに結婚した喜志子は、歌人としての夫
を良く支え、彼の没後は夫の歌の顕彰に勤めました。牧水は終生、小枝子の面影
を追い続けたといいますが、彼にとってこの結婚こそが、運命に適うそれであったよう
に思われます。

それにしても、小枝子との恋愛の渦中で紡ぎ出された幾多の歌は、本当に魅力的
です。恋愛を駆動力とする歌こそが、正に短歌の王道と思わせます。

しかし同時に、この恋の過程の時々に生まれた歌と、その時の彼の心の動きを併記
して、丹念に著者が解説する本書を読むと、歌は現実を契機としても、あくまで
文学的創造の産物であることにも、気づかされます。

その端的な例は、小枝子との恋愛の絶頂期に、千葉県根本海岸を訪れたことを読ん
だ彼の高揚した歌の中から、実は二人きりで行ったのではなく、同行した彼女の若い
従弟の影が完全に消されていることです。この事実には、驚かされました。

著者俵万智は、牧水への敬愛を込めて、丁寧にこの恋の一部始終と歌の関係性を
読み解きます。そのお陰で私は、まるで彼の生きた時代にタイムスリップして、彼の
実際に活動する姿を目の前にしているように感じられましたし、他方、著者の女性的
な感性での読み解き方が、牧水という人間の陰翳を際立たせるようにも、感じられ
ました。満足のいく読書でした。

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