かの高名な画家フィンセント・ファン・ゴッホというと、その波乱に満ちた劇的な生涯
も、作品の衰えぬ人気に大きく寄与していると思われます。しかし私の知る限り、
彼の絵画に対する浮世絵を始めとする日本絵画の影響について、中心に据えて
取り上げた展覧会は今までありませんでした。
本展はオランダのファン・ゴッホ美術館との共同企画として、ゴッホに対するジャポ
ニズムの影響、また彼の没後、彼の生き方や作品に憧れて、その亡骸の眠るパリ
近郊オーヴェールを訪れた日本人の足跡を通して、逆にゴッホの日本の芸術に
与えた影響を明らかにしようとする展覧会です。
まず本展に特徴的なのは、彼の絵画と彼が所持した、あるいは直接影響を受けた
浮世絵作品等を、一緒に並べて展示していることで、この展示方法によって、彼が
いかなる部分において日本美術に魅了され、それを研究し、その結果がいかに
彼の絵画作品に反映されたかを、理解することが出来ます。
このような観点から彼の作品を観ると、彼がパリに出てジャポニズムの洗礼を受け、
その作風を大きく変容させる中で、彼に固有の画法と浮世絵的な視点、色彩表現
が見事に融合して、彼の芸術が花開いたことが分かります。
勿論本邦初公開作品も含め、ゴッホの最盛期の絵画が数多く展示されているのも、
本展の大きな魅力で、一つ一つの作品に強い感動を伴って思わず見入ってしまい
ますが、彼の絵画が我が国でこれほど人気があるのも、一つは日本人の美意識
との親近性によるのではないかと、改めて気づかされました。
パリに滞在後彼は、理想郷として日本に重ね合わせた南仏アルルに向かいます
が、その後の悲劇的な人生や残した絵画にも、彼の日本的なものへの憧憬が
跡づけられています。ゴッホの夢見た日本を現実の日本人として振り返ることも、
本展のミステリアスな感興でした。
他方彼の没後多くの日本人芸術家、文化人が彼に魅入られ、その終焉の地まで
赴いた記録や、彼の絵画の影響の下、里見勝蔵や佐伯祐三が描いた日本人に
よる洋画の名作は、彼と日本の幸福な魂の交歓を感じさせずにはおきません。
人種や国境、地理的距離の壁を軽々と飛び越える、芸術の潜められた力を、まざ
まざと見せてくれる展覧会でした。
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