私は正直、吉田健一についてほとんど予備知識もなく本書を読み始めたので、読み
だしてすぐに戸惑いを覚えました。
というのは、彼がこの国の文学史上重要な仕事を残したということは薄々知っていて、
本書の帯の見出しの、本作が最晩年の文明批評で入門書にして到達点、という
キャッチフレーズに惹かれて手にした訳ですが、実際に読んでみると句読点や改行
の大変少ない、立て板に水のような文章の羅列で、内容からも著者の博覧強記は
すぐに見て取れますが、随所に見られる権威主義的で断定調の物言いが引っ掛かり、
また一般に西欧文明を東洋の文明に対して辛口に評しているように感じさせるところ
が、気になったのです。
読みながらあるいは、敗戦後の打ちひしがれた日本人の心を鼓舞する目的で、編ま
れた文明批評ではないかという、うがった考えも浮かびました。
しかしその後本書の解説その他で、彼が外交官で後の首相吉田茂の子息で、父の
任地の関係で中国、フランス、イギリスに育ち、ケンブリッジ大学に学んだことを知り、
そして何より、私も若い日に読んで感動した、かのヴァレリー著「ドガに就いて」の
名翻訳者であることを知って、本書に対する感じ方も変わりました。
つまり、彼は西欧文明を内部から熟知した上で、あえて広範囲を万遍なく見渡す
相対的な視点で、本書を著しているのです。
そう考えると本書は、洋の東西を問わず文明と野蛮の相違は何か。その社会の中で
生きるある人物が、文明を担うひとかどの人間であるためには何が必要か。文明の
興亡を繰り返す人類の歴史の中で、過去と現在をつなぐ時間の意味するものは何か。
という壮大なテーマについて、独自の説得力を持って私たち読者に語り掛けて来る
のです。
本書を通読して私が特に興味を感じたのは、第七章のヨーロッパ文明と東洋文明を
比較するために前者の成り立ちについて語った部分で、吉田は現在に通じる
ヨーロッパは、ギリシア、ローマ文明の衰退後長く野蛮の状態が続き、従って
ヨーロッパ文明は、まだ比較的若い文明であると分析しています。
私たちは学校の世界史の授業で習った影響もあって、またヨーロッパの中で
キリスト教の信仰が、ローマ時代から連綿と受け継がれて来たという事実に鑑みても、
西欧の文明が、ギリシア、ローマの時代から一続きのものだと考え勝ちですが、この
ような歴史解釈に立つ時、ヨーロッパの新たな相貌が立ち上がって来て、その理解の
ために重要な示唆を与えられた思いがしました。
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