2018年2月23日金曜日

「松村圭一郎のフィールド手帳 贈り物に三つの義務」を読んで

2018年2月13日付け朝日新聞朝刊、「松村圭一郎のフィールド手帳」では
「贈り物に三つの義務」と題して、バレンタインデーのチョコレートのプレゼントや
携帯電話でのメールのやり取りを例にとって、マルセル・モースの『贈与論』における
贈り物の三つの義務について語っています。

贈り物の三つの義務とは、与える義務、受けとる義務、お返しをする義務、ということ
だそうです。

私たちは他人に物をもらうと、反射的に何のためにもらったか考えてしまいます。
もし理由が分からなければ、もらうことに戸惑ったり、場合によっては辞退することも
あります。

何故なら、”只より高い物はない”とよく言われますが、理由もなくもらうことは、慣習上
の理解を超えることですし、不用意にもらってしまうと、その見返りとしてもらったもの
以上のものを要求されはしないかと、考え勝ちなのだと思います。

そこで連想するのは、テレビドラマの見過ぎかも知れませんが贈賄のシーンで、
利権を狙うずる賢い人間が、決定権を持つ公職に就く人物に賄賂を渡し、「相手に
受け取らせればしめたものだ」と、うそぶく場面です。このケースなども、三つの義務
の中のお返しする義務に関わってくるでしょう。

また逆に、人に何かをしてもらって大変嬉しく感じた場合、私たちは往々に感謝の印
として、相手に贈り物をしたくなります。これなどは、与える義務に関係しているの
かも知れません。

これらのことからも明らかなように、贈答は単なるもののやり取りではなく、そこに人の
心が関わってくるだけに、複雑な意味を持っているのでしょう。

最近はお歳暮、お中元などの簡素化が言われ、ものを贈り、贈られることも随分少なく
なってきましたが、大切なのは本当に贈りたいと思う相手に感謝の気持ちを込めて贈り、
受け取る側も贈る側の気持ちを汲んで受け取る、ということではないかと、この文章を
読んで感じました。

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