2018年2月21日水曜日

門井慶喜著「銀河鉄道の父」を読んで

第158回直木賞受賞作です。

まずこの作品を評するに月並みですが、宮沢賢治の父の視点から賢治の生涯が
描かれているのが新鮮でした。

何故なら言うまでもなく、国民的詩人、童話作家である彼の作品批評、伝記は数多く
刊行されていますが、一生を独身で通した彼の生家、肉親との関係をその内側から
見て、描き出そうとした試みは、初めてのように思うからです。

勿論この試みに価値が生まれるのは、賢治の創作の源泉が家族との関係性と深く
関わっているからです。小説という方法で想像力を膨らませた、彼の父の視点から
記された賢治の生涯は、以降の私たちの彼の作品理解に奥行きを与えてくれると
感じました。

まず全編を通して父の視点が読者に感受されるのは、賢治と父政次郎の関係です。
政次郎は、その父が傾いた宮沢家の家運を復興した質屋の二代目、小学校卒業後
家業に従事して商売を盛り上げ、財力も有り、町会議員を務める町の有力者になり
ます。

一方浄土真宗の熱心な信者で社会奉仕活動も行い、自身の子供に対しても厳格な
父親ではありますが、教育については開明的で理解もあります。そして何より、賢治
に対しては、子供の頃伝染病の隔離病棟に単身泊まり込んで看病するほど、溺愛
しています。

一方長男賢治は小学校の時は成績抜群、困った人に金を貸して生計を立てる質屋を
嫌って勉学の道に進もうとしますが、病弱な上、世間知らずで人付き合いも苦手、
仏教系の新興宗教に傾倒するなど、なかなか腰が定まりません。

政次郎に対してはその愛情を全身に受けながら、コンプレックスを感じ、その裏返しと
して父の仕事を嫌い、宗教上も対立します。

しかしこのような親子の関係を見て行くと、賢治の文学に通底する慈愛は、彼が父
から与えられたものの反映ではないかと、感じられて来ました。

賢治の創作に、家族の中で大きな影響を及ぼしたもう一人の人物である上の妹トシ
は、彼よりも利発な女性ですが、幼少より彼の鉱物探しに付き従い、長じて結核を
発病後は彼の献身的な看病を受け、彼に詩文の創作を促して旅立ちます。

トシの病臥と死が、賢治の中に溜まりに溜まった文学創造の力を解き放ったことから
も明らかなように、彼女は彼にとって文学上のミューズだったのでしょう。

最後に本作終盤の政次郎が孫たちに語る、賢治の詩「雨ニモマケズ」の解釈には、
少し違和感を感じました。彼は肉親に対してほとんど恬淡とした表面的な顔しか見せ
なかったかも知れませんが、その内心には、愛や社会救済に対する燃え立つ渇望
を抱いていたに違いありません。

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