2017年1月20日金曜日

森見登美彦著「夜行」を読んで

地元京都と縁の深い人気作家、森見登美彦の小説を初めて読みました。

「夜行」という連作版画を媒介として、小説の中の過去と現在、平行して存在する
ネガとポジの世界の行き交う、夢ともうつつとも判然としない、全編不穏な空気が
流れているような小説です。

数日のこの小説の読書期間中、私自身悪夢を見るのではないかという予感に、
しばし寝つきが悪い夜もありました。読書でそんな感覚に陥るのは久しぶりです。

この連作版画には、それぞれ地名を冠する題名が付いていて、英会話スクールの
かつての受講生仲間のアイドル的存在の女性、長谷川さんの突然の失踪
十年後に、他のメンバーが集まるところから小説は始まりますが、メンバーの一人
一人が、この版画の題名にちなむ土地を訪れて体験した異様な物語を語る形で、
物語は進んで行きます。

この体験談がおぞましくはありますが、土地の雰囲気を活かした設定も、
登場人物のキャラクターも随分魅力的で、私は特に第一話「尾道」の坂の上の
屋根に穴の開いた廃屋とホテルマンの男、第三話「津軽」の炎を上げ燃える
三角屋根の家と記憶の中の少女、が強く印象に残っています。

物語の中のネガとポジのそれぞれの世界は、長谷川さんが存在するかしないかで
色分けされますが、ポジの世界が穏やかで健全な世界であるにも関わらず、
物語としてはネガの世界が断然魅力的です。人は物語のストーリーには、充た
された平穏なものよりも、喪失や悲しみの感情を引き起こすものを、求め勝ちなの
かもしれません。

そうすることが、どこまで意味があるかは分かりませんが、私なりにこの小説を読み
解いてみると、人間の記憶にまつわる感情にはネガとポジがあり、私たちはその
せめぎ合いの中でバランスを取って生きている。それがネガの方に傾くと、不安や
憂うつさや寂しさなどの負の感情に、支配されてしまうことになるのではないか?
とはいえポジに強く針が振れることも、人生を単調で味気ないものにするように、
思われる・・・。

一方この小説には、著者の体験に基づく京都市街や近郊の描写が登場し、地元に
暮らす私としては、物語の中の世界がより実感のあるものとして感じられました。
このようなところは、地元出身の作家の小説を読む醍醐味の一つかもしれません。

またこの小説を読んでいる時、折しも京都が珍しくまとまった積雪に見舞われました。
まるで「津軽」の雪景色の描写の幻想味を直接肌で感じるように、否が応でも読書
気分が盛り上がりました。これも読書の楽しみの一つではないでしょうか。

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