2016年5月11日水曜日

龍池町つくり委員会 28

5月10日に、第46回「龍池町つくり委員会」が開催されました。

まず、龍池自治連合会総会に向けての、町つくり委員会の報告書、並びに
新年度の事業計画書について検討がなされました。

続いて7月15日(金)に開催予定の、マンガミュージアムで浴衣を着て鷹山の
お囃子を楽しむ催しの具体的な案が、担当の森さんより説明されました。

催しは「たついけ浴衣まつり」と名打ち、浴衣を着て祇園祭を楽しみ、鷹山の
お囃子を通して地域の交流を計るという目的で、17:00~20:30の予定で
実施します。

浴衣まつりでは、鷹山のお囃子を始め、子供たちのお囃子体験、絵描きの
やすさんによる「似顔絵コーナー」、マンガミュージアムによる飲食の屋台
コーナー、ゲームの夜店コーナーを設営、他にも龍池体育振興会による
かき氷のコーナーなど、さまざまに盛り上げる予定です。

次に秋に実施予定の京都外国語大学南ゼミとの共同企画、「たついけ
スタンプラリー」では、本年はカルタプロジェクトで作成したカルタを活用して、
従来とは違う、地域外部から見た「龍池の魅力」を見付けるという視点から、
子供だけではなく、大人の参加も促す催しにしたいという抱負が、担当の
小林さんと南先生より語られました。

最後に私事ながら、今年度より私が龍池学区自主防災会会長に就任した
ことにちなんで、防災という観点から地域の安全について話し合いました。

やはり町つくり委員会の課題と同じく、地域のコミュニケーションを活性化
させるということ、自分たちの地域は自分たちで守るという意識を高める
ということが肝心で、自治連の他の組織とも連携して、学区民に意識付け
出来る工夫をして行きたいと考えています。

2016年5月9日月曜日

漱石「吾輩は猫である」における、猫の人間に対するスタンス

2016年5月9日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載23に
主人苦沙弥先生を初めとする、周囲の人々のいかにも滑稽な言動に、猫の
吾輩が感慨を吐露する、次の記述があります。

「第一回としては成功だと称する朗読会がこれでは、失敗はどんなもの
だろうと想像すると笑わずにはいられない。覚えず咽喉仏がごろごろ鳴る。
主人はいよいよ柔かに頭を撫でてくれる。人を笑って可愛がられるのは
ありがたいが、聊か無気味な所もある。」

思わず微苦笑せずにはいられない物言いです。主人の立場になれば、
頭を撫でてやっているから、この猫はさも気持ち良さげに咽喉を鳴らしている
のだろうと解釈して、可愛いやつめと感じているでしょう。

ところがどっこい猫の方では、主人と客のやり取りに呆れて、人間とはまったく
愚かなものだなあと、笑っているのですから。虚仮にされながら悦に入っている
人間の方こそ、いいつらの皮です。

人間の愚行を、彼らが自分たちより劣る存在と考えているものの立場から笑う。
しかもその笑われていることを、自分のしてやったことによって、相手が喜んで
いるのだと、呑気に誤解する。

ここまで来ると、人間も救われません。しかし当の猫の目線にも、辛辣なだけ
ではない、養ってくれるものに対する親愛の情もある。何だか複雑です。

だから我々読者も、安心して楽しめるのかも知れませんが・・・

2016年5月6日金曜日

京都市美術館「琳派降臨 近世、近代、現代の「琳派コード」を巡って」を観て

琳派誕生400年を記念する、一連の展覧会の一つです。

本展は琳派により培われ、発現した日本人固有の美意識が、近代、現代へと
いかに継承され、また未来に展開する可能性を秘めているかを、琳派の美の
エッセンスを「琳派コード」と捉えて検証を試みる展覧会です。

つまり琳派の美意識が、いかに以降の我が国の芸術家に影響を与え、現代の
革新的な創作者にとっても重要なテーマであるかということを示す、展覧会とも
言えます。

本展でまず私の目を引いたのは、神坂雪佳の展示コーナーです。神坂は
近代の琳派継承者としてよく知られていますが、私は今まで版画くらいしか観た
ことがありませんでした。この展示では彼の作品の他に、工芸家との共同作品も
多く展観されています。私はそれらの作品の洒脱さや洗練に、琳派の匂いを強く
感じました。

また明治期以降西洋的な美術観が導入されて、次第に絵画と工芸を明確に
区別するようになりましたが、身の回りを美で彩るものとして珍重された、
江戸期の工芸品に対する価値観をも、近代において継承する芸術家として、
神坂の存在があったことを強く印象付けられました。

近代以降の日本画壇に琳派の美意識が受け継がれていることは、私も薄々
感づいて来ましたが、何と言っても興味を引かれたのは、現代の「RINPAコード」
のコーナーです。

このコーナーは、現代の芸術家の作品の中に琳派のエッセンスを探る試みで、
特に印象に残ったのは、まず細見美術館でも観た名和晃平「PixCell-Fallow
Deer#2」、鹿の剥製らしき造形物が全身透明な水玉状の物質をまとうことによって、
抒情的で幻想的雰囲気を出現させています。琳派にある儚さの美の要素を、
体現しているようにも思われます。

福田美蘭の3点の絵画はパロディー性も強いですが、視点の斬新さや外連味に
おいて、琳派を確かに継承しているように感じられます。

山田えい子の「曲紋の錦糸」「曲紋の舞」の2点のガラス造形作品は、硬質な
素材を用いながら、色の美しさ、模様の愛らしさ、形の絶妙のたわみがマッチして、
祝祭的な華やいだ気分を演出します。このような雰囲気も、琳派の忘れられない
要素の一つであると思います。

こうして観て来ると琳派の美意識は、私たちの心の奥深くにくっきりと刻印されて
いることに、今さらながら気付かされます。最早、日本人のアイデンティティーの
一つと見做してもよいのではないでしょうか。



2016年5月4日水曜日

春の「京都非公開文化財特別公開」で、伏見稲荷大社に行って来ました。

伏見稲荷大社へ行くのは、初詣以来です。何故今回の特別公開で訪れる
場所を伏見稲荷にしたかというと、お参りには行きつけているこの神社に、
非公開の文化財が存在するとはまったく知らなかったからで、それだけに
興味がわいた次第です。

さて本殿にお参りしてから、今回公開されている荷田春満旧宅(史跡)にまず
向かいます。これは、伏見稲荷大社の社家出身で、江戸中期の日本の四大
国学者の一人である、荷田春満の生家ということで、江戸期の社家造りを
今に留める貴重な建築物だそうです。

こじんまりとした瀟洒な造りで、座敷の欄間の装飾なども面白く、趣味の良い
建物だと感じました。また庭も広くはないが美しく整っていて、塀越しに
神社内の狐の像が望めるのは、一説にはその部屋に宿泊した人に雰囲気を
味わってもらうためということで、細部まで行き届いた目配りを感じさせられ
ました。

次に訪れたお茶屋(重文)は、後水尾天皇から拝領を受けた建物で、
書院造から数寄屋造への移行期の実例を残すものだそうで、障子の桟
などにその特徴が示されていると、説明の係員から教えられました。二階に
上がると一望の下に広がる、斜面にしつらえられた庭の景観が素晴らしく、
思わず見とれてしまいました。

隣接する松の下屋では、版画家棟方志功の揮ごうによる掛け軸「稲荷
大明神」が飾られていて、この作家らしいたけだけしく、雄渾な筆勢が、
稲荷神の霊験を体現しているかのように感じました。

同じく志功の水墨による襖絵では、私はこの公開の案内に記載されていた
「御鷹図」より、部屋の三方を囲むように描かれた「御牡丹図」が、剛毅さの
中にも温もりを感じさせて、好ましく思いました。

2016年5月2日月曜日

小熊英二著「生きて帰ってきた男ーある日本兵の戦争と戦後」を読んで

気鋭の社会学者による、自らの父親の足跡を通して市井の立場から、我が国が
直面した第二次大戦の戦前、戦中、戦後の状況を探る論稿です。第14回
小林秀雄賞受賞作です。

私は戦後生まれですが、今の日本を知るためにも、あの戦争前後の社会情勢に
大変興味があります。特にこれらの激動の時期については、俯瞰する立場から
書かれた歴史書は多く刊行されているので、かねてより庶民の視点に立って
この時代を振り返る書を、読んでみたいと思って来ました。それゆえ、本書を
手に取った次第です。

本書の主人公謙二は、丁度今は亡き私の父ともほぼ年齢が重なるので、父の
人生をも思い返しながら、読み進めることになりました。

まず真っ先に感じるのは、彼ら(謙二、父)の人生の波乱万丈さです。あの大きな
戦争が勃発したのだから、当然といえば当然ですが、戦後復興期から
高度成長期に成長した私たちの世代とは、生死についても明日をも知らぬという
人生体験において、天と地ほどの差があります。

だからこれらの世代とは私たちは全く別次元の存在であると、これまで考えて
来ましたが、本書を読むと、当人がその時々に置かれた状況や直面する事態に、
自分の対応出来る範囲で適切な選択をしようと行動するところや、人生という
ものがままならず、また往々に運、不運が生き方を左右するものであるという点に
おいて、謙二らの当時の人生と今の私たちのそれには、思っていた以上に共通
する部分が多いと知らされました。

この気づきによって、生前の父の人生経験に私がイメージしていたものと、それを
前提として、いくばくかの距離感を持ってしか父と接することが出来なかったことの
余りにもの落差の大きさに、今更ながら驚かされました。

しかし逆を返せば、時代は変われど人間の生活行動の本質が変わらない以上、
戦前や敗戦前後の庶民の経済的困窮や、戦争という生理的に人の命が大変軽く
取り扱われる危機的事態が、そのただ中に生きる人々の人生をどれほど翻弄
するかという事実を、本書は明解に焙り出し、国家のあるべき姿に大きな示唆を
与えていると言えます。その意味において、本書は過去を語りながら未来を
指し示す書でもあります。

謙二の人生の、激動の時にも常に目的意識を失わず、道理をわきまえた真摯な
生き方、またそれを理路整然と客観的に語る能力、そして著者である英二の
自分の父の時々の行動に、研究者らしく当時の社会、経済状況を的確に重ね
合わせる技量、両者の絶妙の取り合わせによって本書が成り立っていると
言えます。

はっきりとは語られぬとも、父の生き方の核心は、確実にその息子に受け継がれて
います。

2016年4月29日金曜日

鷲田清一「折々のことば」384を読んで

2016年4月29日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」384では
俳人水原秋桜子の「新編歳時記」から、次のことばが取り上げられています。

 何が悲しいといふのではなく、何となく遣瀬ないのである。

「春愁」なんて言うと、私のような俗人はすぐに五月病などという無粋な言葉を
連想しますが、あながち見当違いでもないと思うのは、新入学、新社会人になる
というような人生を画する喜びごとの余韻がそろそろ覚め始めた時期に、
目の前のたちまちの目標を見失い、あるいはこんなはずじゃなかったと悲観する
というのも、急激な変化の後の悲しみかも知れません。

ことほどさように、移り行くということは、面白く、やがて悲しいものだと、私は感じ
ます。

もしそうであるなら、四季は移ろい、人間は歳を重ね、私たちを取り巻く環境や
私たち自身も常に変化して行くものなのですから、放って置くと我々はいつも
憂いを感じ続けることになるのかも知れません。

いわゆる生きることの悲しみというような・・・

だから私たちは、移り行きの風情の余韻を味わったなら、余り悲しみに包み
込まれないうちに、新たな変化への心構えを準備することも、必要なのでは
ないでしょうか?

風流な「春愁」への感懐が、ついつい脱線してしまいました。

2016年4月27日水曜日

漱石「吾輩は猫である」における、猫の会得した真理

2016年4月26日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載16に、
苦沙弥先生の食べ残しの雑煮の餅に、猫の吾輩が興味を抱き、いよいよ
食いつく決意をして、かじったはいいが歯にへばりついて悪戦苦闘する
過程で、感得した所謂二つの真理が記されています。

「得がたき機会は凡ての動物をして、好まざる事をも敢てせしむ」

「凡ての動物は直覚的に事物の適不適を予知す」

何か禅問答のようですが、第一の真理は、猫は余り乗り気ではなかった
のに、好奇心が優ってついつい餅にかじりついたこと、あるいは御三や
子供が邪魔をしなかったので、留め立てする者がなくやむをえず手を出した
という風に、どうも言い訳がましい言葉に聞こえます。

第二の真理は、気付いた時にはすでに遅し、予知するなら行動に出る前に
しなければなりません。何やら自分の間抜けさを露呈させるような言葉
です。

でも、いつもと立場が逆転して、日頃猫に笑われている人間が当の相手の
愚行を笑うのも面はゆく、私は何か複雑な心境がしました。

それだけこの猫に、感情移入しているということでしょうか?