東日本大震災をイメージさせる、大災厄後の日本を舞台にした短編集です。全米
図書賞受賞の表題作「献灯使」が質、分量ともにメインの作品で、圧倒的なイマジ
ネーション力で読者を非現実の世界に誘います。
しかし現実ではないと言っても、それは現実の表層の皮を剥いだすぐ下に存在する
ようなパラレルワールドです。だから読者はあり得ないと思いながら、同時にある
意味リアリティーを感じて、作品世界に引き込まれて行きます。
まずこの特異な世界の特徴は、100歳を超える老人が肉体的にも、精神的にも、
衰えを知らず元気であることです。そのために、彼らが社会の中で生活の担い手と
なっています。
主要登場人物の義郎はそのような存在で、曾孫無名を養っていますが、この設定
は現実にはあり得ないと思われながら、イメージとして現在の日本社会が抱える
問題を、誇張したような作りです。
つまり、少し前まで我々の社会では、無病息災、不老長寿が大多数の人にとって
の人生の理想でした。しかし今日の医療技術の発達、栄養状態の向上は、人々に
想定以上の寿命延長をもたらしました。そのために現在では、自分が想像以上に
長生きしていることに戸惑う老人が増え、また認知症、高齢者介護という、新たな
問題が生じて来ています。
つまり、義郎の生活上の問題は、現代社会の老人問題が更に亢進した状態を、示し
ているとも言えます。
他方、彼に養育される無名が、健康がすぐれず、生きる能力に乏しいということは、
義郎の場合と同様に、現在の少子化を象徴しているのではないでしょうか?現代の
私たちの社会は、若い人々が安心して子供を産めない環境に、なって来ています。
その行き着く先として、生活に適応出来ない子供が、イメージされているのでしょう。
更には、老人が曾孫を養育するという設定は、家庭内の世代間断絶を表しているの
かも知れません。
さて、滅び行く子供たちの希望の星として、「献灯使」に選ばれた無名が、残念ながら
目的を果たせず本作は終わりますが、義郎をはじめ献身的に病弱な無名を支える
温かい人々の存在、また生きる能力が乏しいにも関わらず、自らに課された使命を
懸命に果たそうとする彼の意志に、私は未来への希望を見る思いがしました。
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