2020年3月23日月曜日

加藤典洋著「9条入門」を読んで

先般亡くなった文芸評論家の著者のライフワークである、憲法九条誕生を巡る集大成
となるべきであった論考です。

著者が急逝したために、本書で解き明かされた九条の成り立ちを受けて、我々日本
国民がこれからどのように憲法と向き合って行くべきかについての、著者の考えの
表明にまで至っていないことは誠に残念ですが、誕生当時の世界情勢を鑑みても
理想的に過ぎると評される九条がなぜ生まれたかを知ることによって、私たち日本人
の築いて来た戦後社会を再解釈出来ることは貴重です。

さて本書によりますと、GHQ草案の戦争の一方的放棄の内容を含む九条を被占領下
の日本政府が受け入れたのは、ひとえに戦争犯罪を問う東京裁判の開廷が迫る中
で、昭和天皇が戦争責任を問われることを免れるためであったといいます。

そのため九条は、象徴天皇制を明記する一条とセットで示され、政府は国体護持を
優先して受け入れたといいます。

他方、GHQ最高司令官マッカーサーは、日本での他の戦勝連合国の影響力を小さく
して、アメリカに有利な占領政策を推し進めるために、いち早く日本に新憲法を制定
させ、まだ国民に強い影響力がある昭和天皇を利用しようとして、上記の草案を日本
政府に示したといいます。

またマッカーサー自身の次期アメリカ大統領選挙への野心から、この憲法に理想主義
的な条項を織り込もうとしたといいます。

また一方、現実主義的ではない憲法を提示された日本国民は、戦争の惨禍に打ち
のめされていたこともあり、更には戦前の天皇制から抜け落ちた、天皇の神性の空白
を代わりに埋める役割を担うものとして、この理想的平和主義を熱狂的に受け入れた
といいます。

そのような経緯で、新憲法は日本国民に支持されるようになりましたが、国際情勢は
冷戦の激化へと進み、憲法九条の戦争放棄と現実に折り合いをつけるために、
自衛隊が創出され、日米安全保障条約が締結されました。

このように見て行くと、今日我が国を巡る諸問題、政治、軍事的にアメリカに過度に
依存的であること、沖縄の基地問題、旧被占領地の東アジア諸国との国際関係の
問題、押し付けであるとしての憲法改正の問題、象徴天皇制の問題など、多くの問題
が新憲法制定に端を発することが分かります。

これからの憲法の在り方を的確に検証する能力を有すると思われる著者の、早過ぎる
死を惜しみたいと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿