2020年2月26日水曜日

頭木弘樹著「絶望読書」河出文庫を読んで

著者の頭木弘樹については予備知識がなく、本書の書名に惹かれて手に取ったので、
私はこの本に何か自分を痛めつけるような、被虐的な要素を求めていたところがあった
と感じます。

しかし実際に読むと、そのような邪な期待は見事に外れて、本書は絶望する人に福音
をもたらす可能性のある、あるいは現状は絶望していなくても、将来は絶望するかも
知れない人、つまり全ての人間に、生きる指針を与えてくれる可能性のある、慈愛に
満ちた書であることが分かります。

この本は、第一部―絶望の「時」をどう過ごすか?―、第二部―さまざまな絶望に、
それぞれの物語を!―の二部構成で、第一部は、絶望した時にその心の状態に相応
しい本を読むことの必要性を説きますが、ここで私が目を開かれたように感じたのは、
絶望した時には直ぐに回復することを目指すのではなくて、心が十分に整えらる時間
を待ってから回復に努めるべきであるということを、指摘する部分です。

現代社会に生きる私たちは、効率性や迅速さに高い価値を置くことから、何でも負の
状態にあるものは速やかに正の状態に戻すべきであると、考えがちです。しかし心と
いうものは、機械のように修理したら直ぐに元に戻るものではなくて、その傷を受け
入れ納得の上で癒しを求めるという、回復の準備期間が必要とされます。それを無理
に直そうとすると、後から絶望がぶり返すような強い後遺症に襲われることがある、と
本書は説きます。

そしてその絶望状態(回復の準備期間)に優しく寄り添ってくれるのが、絶望読書なの
です。

第二部では、絶望の種類別に相応しい文学、落語、映画、テレビドラマを解説付きで
挙げています。私はその中でも、著者自身も思い入れが強いと思われる、カフカの
日記、手紙の章が強く印象に残りました。

周知のように、後世にその文学的才能を高く評価されたカフカですが、生前はある
程度恵まれた生活環境にあったとはいえ、市井の普通の人間として暮らしたといい
ます。しかし内心は色々絶望を抱えていて、それらと折り合いを付けながら生きてい
ました。その日記、手紙に著された内心の声が、絶望に苦しむ人の救いになるといい
ます。

著者自らが若い頃に難病を患って、絶望の淵に立たされた経験が、その著す文章に
説得力を生み出すと共に、彼の同じく苦しみを抱える人を一人でも助けたいという心
の温かさが、この本の読後に爽やかな涼風を吹き抜けさせます。本書で紹介されて
いる、「絶望名人カフカの人生論」も読みたくなりました。

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