天皇の生前退位が実現して、元号が平成から令和に代わりましたが、その時点で
振り返ると、同じ象徴天皇制と言っても、その前の昭和と平成で天皇のイメージが
大きく変化したにも関わらず、具体的にどの部分が変わったのかは、理解していな
かったことに気づきました。
本書は、2016年夏の平成天皇の退位の意向表明の「おことば」を起点として、昭和
から平成にかけて天皇制はいかに変化したか、を読み解く書です。
私自身のそれぞれの天皇に抱く印象から記すると、昭和天皇は象徴天皇になって
後も、戦前の君主としての天皇の影を色濃く引きずり、戦争で辛酸をなめた世代
には彼に対する複雑な感情があり、新左翼の学生、知識人は彼の糾弾を主張して
一定の支持を集めていました。天皇自身の立ち居振る舞いも、親しみやすさを指向
しながらなお、近寄りがたい雰囲気をまとっていたように感じられました。
それに対して平成天皇は、天皇、皇后夫妻がいつも行動を共にする仲睦ましさ、
子育てなど家庭生活も公開を辞さないざっくばらんさがあり、また被災地を訪問した
おりに、膝をかがめて被災者と同じ目線で相手を励ます謙虚さ、他者の心の痛み
に寄り添おうとする親和感がありました。
そのような前提の上で「おことば」に立ち返ると、平成天皇は、国民の象徴としての
天皇の存在の意味は、常に国民に寄り添い、その安寧と幸せを祈ることである、と
述べています。つまり自身の役目は、国民のために祈る宮中祭祀と全国津々浦々
を訪れて国民に直接触れることであり、高齢のためにその務めを果たすことに支障
を来たすゆえに交代したい、というものでした。
昭和天皇も宮中祭祀に熱心であったと聞きますが、その点は平成天皇も継承して
いるのでしょう。しかし本書を読むと、行幸啓(天皇、皇后、皇太子、皇太子妃の
外出)の性格は、昭和、平成両天皇で大きく違うことが分かります。
すなわち平成天皇、皇后は、被災地や老人ホーム、ハンセン病療養施設、水俣病
患者などの社会的弱者を積極的に慰問し、沖縄、長崎、広島、海外にも及ぶ
戦災地に、慰霊の旅を続けたのです。この象徴としての務めを自覚した献身的な
行動が、今日の平成天皇、皇后の多くの支持を集めるイメージを作ったのでしょう。
しかし同時に、この天皇の「おことば」は、実際の退位の経緯を見ると、天皇は国政
に関する権能を有しないという憲法の規定に、抵触する恐れがあります。そこにこそ
象徴天皇制の矛盾があると感じられます。
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