2020年1月29日付け朝日新聞夕刊、「考える」のコーナーでは、今年度朝日賞受賞
の小説家で詩人の多和田葉子が、「翻訳で生まれた物語」と題して、自作の小説に
ついて語っています。
多和田はドイツ在住で、日本語、ドイツ語で執筆活動を行い、その作品は広く各国語
に翻訳されているということで、「翻訳」は彼女の作品の一つの重要なキーワードに
なっているようです。
私は多和田作品が好きで、これまで数編の小説を読みましたが、その都度感動を
覚えたものの、彼女の小説は観念的な部分も多く、どこまでその語りたい真意を理解
出来ているのか、おぼつかなく感じるところがありました。
今回この新聞記事を読んで、今までに読んだ彼女の作品の理解が、深まったと感じ
るところがあったので、以下に記してみます。
最初に読んだ『雪の練習生』では、ホッキョクグマの「わたし」が主人公で、冒頭から
意表を突かれますが、私自身は熊の視点から見た物語ということと、この動物が
ドイツで大変に愛されているという点を、興味深く読みました。
この記事で多和田は、主人公がロシアからドイツに亡命したというストーリー展開から、
この物語がロシアではまだ刊行されず、逆にロシアに批判的なウクライナではすぐに
翻訳されたと、語っています。また、中国では「西側の民主主義を皮肉った本」として、
いち早く翻訳版が出たそうです。
この事実は、この物語の筋の多義性が、各国の事情によって微妙に違う解釈を生み
出していること、そして世界の複雑な政治情勢が、図らずも物語の底から浮かび
上がって来ることを、私に気づかせてくれて、面白く感じました。
次に英訳で広く読まれ、全米図書賞を受賞した『献灯使』では、大災害後の鎖国を
選んだ将来の日本が舞台となっていますが、この設定が東日本大震災に触発された
ものであるだけではなく、元気な老人と繊細でひ弱な子供のイメージは、石牟礼道子
の水俣や、ベラルーシのノーベル賞作家、アレクシエービッチのチェルノブイリの描写
から想起されたものである、ということです。
一つの物語が、全地球規模の視野から描き出されていることに、改めて彼女の作品
が、日本のみならず世界各国で愛される秘密を、知った気がしました。
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