2020年2月17日月曜日

「考える 翻訳で生まれた物語 多和田葉子解説」を読んで

2020年1月29日付け朝日新聞夕刊、「考える」のコーナーでは、今年度朝日賞受賞
の小説家で詩人の多和田葉子が、「翻訳で生まれた物語」と題して、自作の小説に
ついて語っています。

多和田はドイツ在住で、日本語、ドイツ語で執筆活動を行い、その作品は広く各国語
に翻訳されているということで、「翻訳」は彼女の作品の一つの重要なキーワードに
なっているようです。

私は多和田作品が好きで、これまで数編の小説を読みましたが、その都度感動を
覚えたものの、彼女の小説は観念的な部分も多く、どこまでその語りたい真意を理解
出来ているのか、おぼつかなく感じるところがありました。

今回この新聞記事を読んで、今までに読んだ彼女の作品の理解が、深まったと感じ
るところがあったので、以下に記してみます。

最初に読んだ『雪の練習生』では、ホッキョクグマの「わたし」が主人公で、冒頭から
意表を突かれますが、私自身は熊の視点から見た物語ということと、この動物が
ドイツで大変に愛されているという点を、興味深く読みました。

この記事で多和田は、主人公がロシアからドイツに亡命したというストーリー展開から、
この物語がロシアではまだ刊行されず、逆にロシアに批判的なウクライナではすぐに
翻訳されたと、語っています。また、中国では「西側の民主主義を皮肉った本」として、
いち早く翻訳版が出たそうです。

この事実は、この物語の筋の多義性が、各国の事情によって微妙に違う解釈を生み
出していること、そして世界の複雑な政治情勢が、図らずも物語の底から浮かび
上がって来ることを、私に気づかせてくれて、面白く感じました。

次に英訳で広く読まれ、全米図書賞を受賞した『献灯使』では、大災害後の鎖国を
選んだ将来の日本が舞台となっていますが、この設定が東日本大震災に触発された
ものであるだけではなく、元気な老人と繊細でひ弱な子供のイメージは、石牟礼道子
の水俣や、ベラルーシのノーベル賞作家、アレクシエービッチのチェルノブイリの描写
から想起されたものである、ということです。

一つの物語が、全地球規模の視野から描き出されていることに、改めて彼女の作品
が、日本のみならず世界各国で愛される秘密を、知った気がしました。

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