椹木野衣は既成の価値観に縛られず、我が国の優れた現代美術を積極的に紹介
して来た美術評論家として、私にとって気になる存在です。本書は冒頭に掲げられた
「感性は感動しない」という発表後反響を呼んだ一編を契機として、美術評論家椹木
野衣が生まれるまでの彼の来し方、現在のポリシー、美術の見方や批評の作法を
綴る、著者初の書下ろしエッセイ集です。
当然本書の核は書名にも採られている上記の一編で、著者が「はじめに」の中でも
勧めているように読了後この文章を再読しましたが、扱っているのが感性という
抽象的なものであるだけに、私にはどれだけ理解出来たか確信が持てません。ただ
私の解釈の範囲で述べると、観る者にとってここで言う感性は芸術を享受する心と
思われます。
そのような心は、勉学や訓練で一朝一夕に鍛えられるもものではありません。また
作者の来歴や市場価値などの外部情報に左右されるものでもありません。更には、
思い込みや共感に振り回されるものでもないのです。鑑賞者にとって優れた美術
作品とは周囲に影響されることなく、純粋に喜怒哀楽を伴って心を揺り動かされる
作品なのです。このように読み取れます。
今日の価値観の多様化の中で、美術の枠組みもかつてより遥かにボーダレスなもの
になり、それゆえその鑑賞には本質をつかむことが求められいる時代に、著者の
感性の定義は正に核心を突いているように感じられます。
ではこの感性を養うにはどうすればいいのか?芸術は無論のこと、多くのものを
見て、多くのことを体験し、多くのことを感じ、自己を確立することが肝要であると、
著者の来し方は示唆します。
また彼の美術批評家としての客観的分析力を垣間見せるのは、子供の絵がなぜ
素晴らしいかを解き明かす部分で、子供の身体的特長や能力が図らずもそれを生み
出すことを明らかにして、安易な思い入れや先入観を戒めます。
彼の批評の原点が、学生時代の仲間内での新着レコードや公開映画談義にあると
いうことにも、感銘を受け、納得させられました。新しいものの評価にこそ、その
批評家の真の力が試されるところがあり、著者が現代アート界をけん引する幾多の
才能を見出したことは、彼が卓越した美術批評家であることの証左でしょう。
著者が美術に対する時の人並外れた生真面目さにも、好感を持ちました。
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