2016年1月13日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「門」105年ぶり連載
(第七十二回)に、宗助が初めて御米と言葉を交わした時の、運命的な
出会いを予感させる印象的な情景を記する、次の文章があります。
「 宗助は二人で門の前に佇んでいる時、彼らの影が折れ曲がって、
半分ばかり土塀に映ったのを記憶していた。御米の影が蝙蝠傘で
遮ぎられて、頭の代りに不規則な傘の形が壁に落ちたのを記憶して
いた。少し傾むきかけた初秋の日が、じりじり二人を照り付けたのを
記憶していた。御米は傘を差したまま、それほど涼しくもない柳の下に
寄った。宗助は白い筋を縁に取った紫の傘の色と、まだ褪め切らない
柳の葉の色を、一歩遠退いて眺め合わした事を記憶していた。」
リズムを刻むように、「記憶していた。」が繰り返される詩的な文章です。
またこの言葉の連なりは、読んでいて情景や色彩が眼前に浮かんでくる
ような、絵画的な文章でもあります。
まるで時が止まったかのような初秋の午後、その場所に二人佇む男と
傘を差した女の影が、折からの日の光に縁どられながら、壁に遮られて
折れ曲がった不自然な形状で刻印されている。女の鮮やかな傘の色と
柳の葉の緑がコントラストをなして、妙になまめかしい・・・。私はすぐに
シュールレアリスムの絵画を連想しました。
不吉な予感を伴いながら、宗助の心に恋の芽生える瞬間を写し取った、
秀逸な文章であると感じました。
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