2015年6月22日月曜日

「江戸川乱歩全集第一巻 屋根裏の散歩者」を読んで

日本の推理小説の代名詞と言えば、江戸川乱歩でしょう。しかし私は残念な
ことに、これまで彼の作品を読まずに来ました。それ故、どうせ初めて目を
通すならと、彼の著作活動の源流を探るべく、全集第一巻初期短編集を手に
しました。

冒頭の彼の処女作「二銭銅貨」は大正12年の発表ということですが、今の
時代にも決して色あせぬ素晴らしい作品です。まだ推理小説の主流が
輸入作品であった頃、乱歩が将来我が国の推理小説界の旗手となることを、
十分予見させるものであったでしょう。

理知的でスキのない簡潔な文章の運び、意表を突くトリックと綿密な暗号解読、
その上であっと驚くどんでん返しの後、そこはかとなく漂うユーモアが待って
いる。読者は二重三重に騙されたようで、読後一瞬狐につままれた思いが
して、文字通り推理小説の醍醐味を満喫することが出来ます。

またこの物語のきっかけとなる、紳士盗賊による電機工場の多額の給料用
準備金の窃盗事件は、私にすぐに昭和43年に実際に発生した、白バイ警官に
偽装した犯人が工場のボーナス資金を積んだ輸送車から、多額の現金を
奪い取った、いわゆる三億円強奪事件を思い起こさせます。

それほどに、乱歩の描き出す事件には細部に渉るリアリティーがあり、
あるいは犯罪者心理、被害者心理両面において、彼に深い人間洞察力が
あった故に、現実にも起こり得るような事件を作り出す能力を有していたの
ではないか、と推察されます。

乱歩の作品のもう一方の魅力である夢遊病、のぞき見、変身といった怪奇、
幻想趣味を扱う短編も、この作品集には収録されています。これらの
グロテスクな小説も、人間心理の奥底に潜む願望や恐れを、彼独特の詩的な
方法で具象化したものに他ならないでしょう。

彼の作品が長い時を経ても今なお読者を魅了するのは、彼が推理小説という
形を借りながら、人間心理の核心に触れようとする求道者であったからでは
ないか、と本書を読んで感じさせられました。

0 件のコメント:

コメントを投稿