2015年6月17日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第五十四回)に、息を弾ませて代助の下を訪れた三千代のために、彼が
水を取りに行っている間に、彼女が代助がすでに使ったコップで、そこに
あったスズランを活けた大鉢の水を勝手に汲んで飲んでしまったことを
知って、彼が驚いて思わず言葉を発する、次の記述があります。
「 「何故あんなものを飲んだんですか」と代助は呆れて聞いた。
「毒でないったって、もし二日も三日も経った水だったらどうするんです」
代助は黙って椅子へ腰を卸した。果して詩のために鉢の水を呑んだのか、
または生理上の作用に促がされて飲んだのか、追窮する勇気も出なかった。
よし前者としたところで、詩を衒って、小説の真似なぞをした受売りの所作
とは認められなかったからである。そこで、ただ、
「気分はもう好くなりましたか」と聞いた。 」
理知的で、自分の健康に人一倍留意する代助なら、とてもできっこない
三千代の行為でしょう。しかしおそらく彼女がするとなると、それほど
違和感のない挙動だったように推察されます。現に彼女は、その鉢の水が
汲みたてであることを確認しています。でも、自分の行為を思考で律する
代助には、とても思いもつかない行動なのです。
このエピソードで、三千代の性格が鮮やかに浮かび上がり、また彼女が
代助に随分気を許していることも、見て取れます。またうがった見方をすれば、
彼が自分にないものを持つ三千代に次第に惹かれて行く道筋も、暗示されて
いるように感じます。
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