2015年6月19日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第五十六回)に、金を用立ててやってから初めて訪ねて来た三千代との
会話の中で、彼女の背後にかつての親友、夫の平岡の存在を感じた時の
代助の感慨を記する次の文章があります。
「三千代はあまり緩り出来そうな様子も見えなかった。まともに、代助の
方を見て、
「貴方も相変らず呑気な事を仰しゃるのね」と窘めた。けれどもその
眼元には笑の影が泛んでいた。
今まで三千代の陰に隠れてぼんやりしていた平岡の顔が、この時
明らかに代助の心の瞳に映った。代助は急に薄暗がりから物に襲われた
ような気がした。三千代はやはり、離れがたい黒い影を引き摺って歩いて
いる女であった。
「平岡君はどうしました」とわざと何気なく聞いた。すると三千代の口元が
心持締って見えた。」
代助が平岡に対してこんな感情を抱いたのは、初めてのことではないで
しょうか?彼の平岡への思いは徐々に変わり始めている。殊に三千代との
関わりにおいて、それは好ましくないものとなり始めている。かつての代助、
三千代、平岡の三人の関係において、当時の代助にとって自身では意識
しなかったが、三千代の幸せこそが一番優先すべきことだったのでしょう。
東京に戻った平岡がこの体たらくでは、最早彼は三千代に相応しい夫では
ないと、代助は感じ始めているのではないでしょうか?それは代助が初めて、
彼女への自分の想いに気づくことにも、つながって行くのでしょう。
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