2015年4月21日火曜日

リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー著「ヴァイツゼッカー回想録」を読んで

先日亡くなったドイツ連邦共和国第6代大統領で、東西ドイツ分断期から
統一後に至る大変困難な時期に、大統領として国民の統合を計り、また
演説の名手として敗戦四十周年には、「過去に目を閉ざす者は、現代にも
盲目となる。」という言葉で、世界の人々に深い感銘を与えた、
ヴァイツゼッカーの自伝です。

私が、このヴァイマル共和国時代から再統一ドイツの時代まで、文字通り
激動の現代ドイツの歴史を辿ることにもなるこの書物の中で、特に興味を
抱いたのは、次の2点です。

まず、ヴァイツゼッカーという稀有の高潔な政治家が生まれた、個人的な
土壌、背景は如何なるものであったのか?

彼の祖父はヴュルテンベルク王国の文化相、首相を歴任し、男爵の称号を
授与され、彼の父は外交官として、第二次大戦前夜の緊迫した国際関係の
中で、祖国ドイツのために奔走し、後に戦犯の嫌疑をかけられることに
なります。つまり彼は貴族であり、政治、外交に携わる家系に生を受けた
訳です。

私は本書を読んで、彼の政治手腕やものの考え方に、一族の経歴に
培われた成熟を感じました。

また彼がドイツの激動の時代に伴走しながら、政治的手法を磨いて行った
ことも、もちろん忘れてはなりません。第二次大戦ではドイツ軍の兵士として
前線に赴き、戦争の悲惨を目の当たりにし、戦後は起訴された父の
ニュルンベルク裁判での弁護を手伝うことによって、政治家は平和を絶対的な
価値としなければならないことを学んで行ったのです。そしてその考え方は、
一貫した対話によるドイツ再統一にも活かされるのです。

彼の思想的基盤として、もう一つ忘れてはならないのは、キリスト教です。
プロテスタントの福音主義教会に属する彼は、その人道的な価値判断を
その教義によっています。彼が所属する政党がキリスト教民主同盟である
ことも踏まえ、ヨーロッパではキリスト教という文化が、普遍的な価値を持つ
ことを思い出さされます。

次に残り字数もわずかとなりましたが、第二次大戦で同じく敗戦国となった、
ドイツ、日本の戦後政治の相違点について触れてみます。

ドイツは侵略した周囲の諸国と和解を成し遂げ、今日の国家共同体の設立に
至っています。他方日本は、今なお先の戦争の後処理を巡り、周辺国と
ギクシャクした関係にあります。色々な条件の違いはあるでしょうが、本書を
読んでいるとやはり彼我の差は、政治文化の成熟度の差に尽きると、感じざる
を得ません。まだ消化しきれないほどの、多くの示唆に富む書です。

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