久しぶりに神戸へ行って、「チューリッヒ美術館展」を観て来ました。点数は
多くはありませんが、19世紀終盤から20世紀半ばまで、ヨーロッパ近代美術の
輝かしき時代を代表する芸術家、地元スイスゆかりの作家の名品が揃い、
すっかり満足して家路に着きました。
今回特に心引かれたのは、スイスゆかりの作家の作品で、ホドラー、
ヴァロットンは、寡聞にしてこれまで名前も知りませんでしたが、その独特の
魅力に強い感銘を受けました。
これらの画家は、ヨーロッパ美術の時代の思潮の影響を受けながらも、
スイスという地域性に根差す共通の基調を、作品のベースに有しているように
私には感じられました。
つまり、大国に四方を取り囲まれ、アルプスの山懐に抱かれた、風光明媚では
あるが冬には気候風土の峻厳の地で、自ずと特有の自然観、思索的な態度が
熟成され、その気分が共通して作品を彩っているように思われるのです。
ホドラーの対称、非対称を駆使した、躍動し揺らぐような人体表現は、音楽や
リズムというような、容易には平面上に視覚化出来ないものの表現の試みで
あると同時に、不安や恐れに脅かされざるを得なかった、当時のヨーロッパを
覆う不穏な空気に翻弄される人間の心情を、思索的方法で可視化したものに
相違ありません。
一方彼は風景画においては一転、その表現に厳しさを覗かせながらも、
たおやかで詩情豊かな世界を顕現させるのです。
ヴァロットンは、ナビ派のコーナーに展示されていましたが、私がナビ派というと
すぐにイメージする絵画と趣を異にして、風景画は雄大かつ抽象的詩情を湛え、
他方一場の心理劇を思わせる人物画は、姿態の形象を描きながら、近代に
おける人間存在の本質を深く探究しているようでもあります。
長く引き伸ばされた人物像で知られたジャコメッティや、旧知で私のお気に入りの
クレーの作品も、この会場で出会うと常にも増して、随分思索的の趣を呈する
ように感じられました。作品を展示する場の力というものに、改めて気づかされた
思いがしました。
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