2016年8月25日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載92には、
余りの暑さにうんざりとした吾輩が、不平にかまけて辛辣な人間評を展開する、
次のような記述があります。
「これで見ると人間はよほど猫より閑なもので退屈のあまりかようないたずらを
考案して楽しんでいるものと察せられる。・・・・気楽になりたければ吾輩のように
夏でも毛衣を着て通されるだけの修業をするがよろしい。」
いやはや、一言居士の吾輩にかかったら、我々人間もたまったものではありま
せん。立場が変われば評価も変わる。そういうことでしょう。
しかし猫の言い分にも、色々もっともな点があるように感じられます。
確かに人間も本来はもっと自然に近い生き方をしていて、文明化して行くに
つれて、衣食住に気を遣う余裕が出来、それが高じるとはた目にも、贅沢と
みなされる生活を送るようになったのです。
現代人の生活などは、漱石の時代と比較しても、随分と贅沢で、無駄が多いに
違いありません。
生活が豊かになると、今度は忍耐力が乏しくなり、どんどんわがままになって
行くものでしょう。そして種々の雑念や煩悩も新たに生じて来ます。
猫の吾輩は、人間も夏に毛皮を着て涼しい顔を出来るぐらい、自分を鍛え
なければ到底精神的安息は得られないと、私たちに警告してくれているので
しょう。
2016年8月30日火曜日
2016年8月26日金曜日
鷲田清一「折々のことば」499を読んで
2016年8月25日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」499には
京都の老舗の旅館の女将の次のことばが取り上げられています。
礼は、頭を下げるときでなく顔を上げるときこそ丁寧に。
このことばは無論、何かの団体が不祥事を起こした時に、その責任者が謝罪
するに当たり、腰から上の上半身を一体何十度の角度に傾けて、頭を下げ
なければならないかという類の、マニュアル的言葉ではありません。
大切なことは、こちらがへりくだるということよりも、いかに相手をおもんばかるか
ということでしょう。なぜなら先方のことを思いやるなら、自然に顔を上げる仕草が
丁重になると、思うからです。
私も常々、お客さまの来店時のご挨拶は、当店にわざわざ足を運んで頂いたと
いう感謝の気持ちを持って、頭を下げるように心がけています。そうすると、
お客さまは土間に立っておられ、こちらは畳の上に座しているので、おのずから
畳に両手をついてお迎えをすることになります。それが自然なご挨拶だと、日々
感じています。
またお客さまが用事を済ませて帰られる時には、どのタイミングで、どんな表情、
仕草でご挨拶するかを、大切なことと考えています。その時、今回のご来店で
商品、接客に満足いただけたかどうかということを、相手さまの答礼の様子から
斟酌して、これからの参考にさせて頂くことは、言うまでもありません。
京都の老舗の旅館の女将の次のことばが取り上げられています。
礼は、頭を下げるときでなく顔を上げるときこそ丁寧に。
このことばは無論、何かの団体が不祥事を起こした時に、その責任者が謝罪
するに当たり、腰から上の上半身を一体何十度の角度に傾けて、頭を下げ
なければならないかという類の、マニュアル的言葉ではありません。
大切なことは、こちらがへりくだるということよりも、いかに相手をおもんばかるか
ということでしょう。なぜなら先方のことを思いやるなら、自然に顔を上げる仕草が
丁重になると、思うからです。
私も常々、お客さまの来店時のご挨拶は、当店にわざわざ足を運んで頂いたと
いう感謝の気持ちを持って、頭を下げるように心がけています。そうすると、
お客さまは土間に立っておられ、こちらは畳の上に座しているので、おのずから
畳に両手をついてお迎えをすることになります。それが自然なご挨拶だと、日々
感じています。
またお客さまが用事を済ませて帰られる時には、どのタイミングで、どんな表情、
仕草でご挨拶するかを、大切なことと考えています。その時、今回のご来店で
商品、接客に満足いただけたかどうかということを、相手さまの答礼の様子から
斟酌して、これからの参考にさせて頂くことは、言うまでもありません。
2016年8月24日水曜日
承天閣美術館「いのち賛歌 森田りえ子展」を観て
森田りえ子は美術雑誌などで作品を見て、最近気になる日本画家ですが、
公募展、団体展への出品がないので、なかなか実際の作品を観る機会が
ありませんでした。それで今回、金閣寺方丈杉戸絵奉納10周年記念として、
相国寺承天閣美術館で展覧会が開かれることを知り、早速出掛けました。
実際に作品を観てみると、彼女の絵画の主題の一つの柱である花鳥画では、
伝統的な題材を正統に扱いながらなぜか洗練されてモダンであり、それでいて
内から溢れる熱情がオーラを放つように感じられました。
それはどういう訳かと作品を観ながら考え続けましたが、現代を生きる日本画家
として西洋的な造形法にも目配りが行き届いているのは勿論、結局静の中に
動を閉じ込めることに成功しているからではないかと、思いました。
この展覧会では作品の要所要所に画家自身による解説が添えられていますが、
それらを読み進めて行くと、彼女が対象の花木をどのようにして作品に結晶化
させて行くかということが、次第に見えて来ます。
つまりこの画家は対象のデッサンを繰り返すうちに、ついには対象と同化した
ような恍惚とした境地に至り、その境地を具現化したものとして作品は完成する
ようなのです。
例えば蓮を描いた絵では、彼女は終日蓮池に留まりデッサンを続けるうちに、
夢幻の境地に遊び、作品のイメージが出来上がったといいます。
あるいは、これも彼女の代表的な題材である糸菊では、細くくねる花弁の躍動感、
繊細さを表現するために、従来の日本画の制作方法とは違って、花弁の糸状の
部分は画布に直接フリーハンドで描きいれるといいます。
このような抑えがたい情熱を画面に定着させる制作姿勢は、おのずから日本画の
静謐な佇まいの中にも、ほとばしるパッションをにじみ出させることになると感じる
のです。
森田の作品のもう一方の重要な主題である人物画においても、彼女が描くのは
女性に限られますが、それらの女性はきらびやかな衣装をまとい、あるいは
豊満な裸体で画面に佇みますが、その表情も、所作も、一瞬の時に凝固した
ように静かです。しかしそれにもかかわらず彼女たちからは、にじみ出るような
気品、官能が放出されています。
同時に展示されているこの画家の裸婦デッサンを観ましたが、そのデッサンは
洋画家のものと見紛うほど写実的でしかも挑発的であり、画家のひそめたる
情熱を見る思いがしました。
久々に抑制の中の美ということについて、考えさせられました。
公募展、団体展への出品がないので、なかなか実際の作品を観る機会が
ありませんでした。それで今回、金閣寺方丈杉戸絵奉納10周年記念として、
相国寺承天閣美術館で展覧会が開かれることを知り、早速出掛けました。
実際に作品を観てみると、彼女の絵画の主題の一つの柱である花鳥画では、
伝統的な題材を正統に扱いながらなぜか洗練されてモダンであり、それでいて
内から溢れる熱情がオーラを放つように感じられました。
それはどういう訳かと作品を観ながら考え続けましたが、現代を生きる日本画家
として西洋的な造形法にも目配りが行き届いているのは勿論、結局静の中に
動を閉じ込めることに成功しているからではないかと、思いました。
この展覧会では作品の要所要所に画家自身による解説が添えられていますが、
それらを読み進めて行くと、彼女が対象の花木をどのようにして作品に結晶化
させて行くかということが、次第に見えて来ます。
つまりこの画家は対象のデッサンを繰り返すうちに、ついには対象と同化した
ような恍惚とした境地に至り、その境地を具現化したものとして作品は完成する
ようなのです。
例えば蓮を描いた絵では、彼女は終日蓮池に留まりデッサンを続けるうちに、
夢幻の境地に遊び、作品のイメージが出来上がったといいます。
あるいは、これも彼女の代表的な題材である糸菊では、細くくねる花弁の躍動感、
繊細さを表現するために、従来の日本画の制作方法とは違って、花弁の糸状の
部分は画布に直接フリーハンドで描きいれるといいます。
このような抑えがたい情熱を画面に定着させる制作姿勢は、おのずから日本画の
静謐な佇まいの中にも、ほとばしるパッションをにじみ出させることになると感じる
のです。
森田の作品のもう一方の重要な主題である人物画においても、彼女が描くのは
女性に限られますが、それらの女性はきらびやかな衣装をまとい、あるいは
豊満な裸体で画面に佇みますが、その表情も、所作も、一瞬の時に凝固した
ように静かです。しかしそれにもかかわらず彼女たちからは、にじみ出るような
気品、官能が放出されています。
同時に展示されているこの画家の裸婦デッサンを観ましたが、そのデッサンは
洋画家のものと見紛うほど写実的でしかも挑発的であり、画家のひそめたる
情熱を見る思いがしました。
久々に抑制の中の美ということについて、考えさせられました。
2016年8月22日月曜日
漱石「吾輩は猫である」における、いざ鼠を捕ろうとする吾輩のつぶやき
2016年8月22日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載89には、
鼠を捕ろうと決意した吾輩が、さて実際に捕る段になって頼りないことを独白する、
次の記述があります。
「心配せんのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が
付かんからである。吾輩の場合でも三面攻撃は必ず起らぬと断言すべき相当の
論拠はないのであるが、起らぬとする方が安心を得るに便利である。吾輩も
安心を欲する。よって三面攻撃は起らぬと極める。」
やれやれとりわけ注意深く、慎重なはずの猫族の吾輩が、まるで我々楽天的な
人間のような物言いをしています。
しかしこういう呑気な気の持ち方は、危機管理や防災対策という点において、
私たちにとっても由々しき問題です。
地震やそのほかの災害、戦渦に巻き込まれる危険なども、何時なんどき我々を
襲い、訪れるかもしれないけれども、私たちは目の前の安心を得たいがために
つい、なおざりにしたり、目をつむり勝ちです。
例えばより身近な防災という観点から見れば、今年4月の熊本地震からも明らか
なように、日本列島どこでも何時大きな地震が発生するか分からない状況の中で、
私たちはついつい自分たちのところは大丈夫だろうと、備えを怠りやすいように
感じられます。
所々の危険を認識して、それなりの心の準備や問題意識を持つことは、なかなか
簡単ではありませんが、反面教師として吾輩から学びたいものです。
最も、日露戦争の戦果華々しく勇ましい時代に、漱石がこんなに呑気な吾輩を
小説に描いたという事実は、私にとっては微笑ましくもあります。
鼠を捕ろうと決意した吾輩が、さて実際に捕る段になって頼りないことを独白する、
次の記述があります。
「心配せんのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が
付かんからである。吾輩の場合でも三面攻撃は必ず起らぬと断言すべき相当の
論拠はないのであるが、起らぬとする方が安心を得るに便利である。吾輩も
安心を欲する。よって三面攻撃は起らぬと極める。」
やれやれとりわけ注意深く、慎重なはずの猫族の吾輩が、まるで我々楽天的な
人間のような物言いをしています。
しかしこういう呑気な気の持ち方は、危機管理や防災対策という点において、
私たちにとっても由々しき問題です。
地震やそのほかの災害、戦渦に巻き込まれる危険なども、何時なんどき我々を
襲い、訪れるかもしれないけれども、私たちは目の前の安心を得たいがために
つい、なおざりにしたり、目をつむり勝ちです。
例えばより身近な防災という観点から見れば、今年4月の熊本地震からも明らか
なように、日本列島どこでも何時大きな地震が発生するか分からない状況の中で、
私たちはついつい自分たちのところは大丈夫だろうと、備えを怠りやすいように
感じられます。
所々の危険を認識して、それなりの心の準備や問題意識を持つことは、なかなか
簡単ではありませんが、反面教師として吾輩から学びたいものです。
最も、日露戦争の戦果華々しく勇ましい時代に、漱石がこんなに呑気な吾輩を
小説に描いたという事実は、私にとっては微笑ましくもあります。
2016年8月21日日曜日
鷲田清一「折々のことば」493を読んで
2016年8月19日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」493では
文化人類学者クリフォード・ギアツの「解釈人類学と反=反相対主義」から
次のことばが取り上げられています。
他の人々の生を私たちは私たち自身が磨いたレンズで見るし、彼らは
私たちの生を彼らのレンズで見る
例えば日本美術を西洋人が観る時、彼らは私たちがそれを観て感じるように
ではなく、彼らの文化背景やそれによって培われた美意識を基にして、
向き合うことになるでしょう。
そして今まで目にしたことのない毛色の違う美術に、彼らの尺度から新たな
美を見出し、それを賞賛するということも生じるのではないでしょうか?
他方日本美術に慣れ親しんで来た私たちは、その美を当たり前のものと
決め込んでしまって、ともすれば海外から盛んに入って来る新奇な美術に
目を奪われ、既存の美術の存在価値を忘れ去ってしまうということも、起こる
かもしれません。
かくして西洋で再発見された日本美術の素晴らしさが、逆に私たちを覚醒
させて、その美に改めて気づかされるという現象も、実際に起こっている
ようです。
さしずめ琳派や伊藤若冲のブームなどには、そういう要素もあるのでは
ないでしょうか?上記のことばを読んで、そんなことを考えました。
文化人類学者クリフォード・ギアツの「解釈人類学と反=反相対主義」から
次のことばが取り上げられています。
他の人々の生を私たちは私たち自身が磨いたレンズで見るし、彼らは
私たちの生を彼らのレンズで見る
例えば日本美術を西洋人が観る時、彼らは私たちがそれを観て感じるように
ではなく、彼らの文化背景やそれによって培われた美意識を基にして、
向き合うことになるでしょう。
そして今まで目にしたことのない毛色の違う美術に、彼らの尺度から新たな
美を見出し、それを賞賛するということも生じるのではないでしょうか?
他方日本美術に慣れ親しんで来た私たちは、その美を当たり前のものと
決め込んでしまって、ともすれば海外から盛んに入って来る新奇な美術に
目を奪われ、既存の美術の存在価値を忘れ去ってしまうということも、起こる
かもしれません。
かくして西洋で再発見された日本美術の素晴らしさが、逆に私たちを覚醒
させて、その美に改めて気づかされるという現象も、実際に起こっている
ようです。
さしずめ琳派や伊藤若冲のブームなどには、そういう要素もあるのでは
ないでしょうか?上記のことばを読んで、そんなことを考えました。
2016年8月19日金曜日
鷲田清一「折々のことば」492を読んで
2016年8月18日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」492では
俳人佐藤鬼房の句集「瀬頭」から、次のことばが取り上げられています。
やませ来るいたちのやうにしなやかに
「やませ」は、夏季に東北地方を襲う湿った冷風で、かつて凶作や飢饉をもたらし、
人々を苦しめたそうです。
東北地方は厳しい気候風土の中で、明治期以降も生活苦に苛まれる人々や、
やむをえず故郷を捨て、新天地に活路を求める人々が多く存在したといいます。
宮沢賢治や寺山修司の文学は、それら東北の貧困や窮状を背景に持っていると
言えるでしょう。
他方第二次大戦後の高度経済成長や、科学技術のめざましい発達は、東北の
農漁村の経済水準を随分向上させ、そのような悲惨さは過去のものとなった
かのように感じさせます。
しかしこの度の東日本大震災による福島原発の事故で明らかになったように、
関東地方に電気を供給するための原発がどうして東北地方に集中しているのか
ということや、この震災で甚大な被害を受けた太平洋側の沿岸部の人口構成が
極端な高齢化に陥っているという事実は、表面的な印象とは違って、問題が
単純ではないことを示しているようにも思われます。
今回取り上げられたような優れた文学作品は、たとえ限られた短い字数では
あっても、私たちを沈思黙考に誘ってくれるように感じられます。
俳人佐藤鬼房の句集「瀬頭」から、次のことばが取り上げられています。
やませ来るいたちのやうにしなやかに
「やませ」は、夏季に東北地方を襲う湿った冷風で、かつて凶作や飢饉をもたらし、
人々を苦しめたそうです。
東北地方は厳しい気候風土の中で、明治期以降も生活苦に苛まれる人々や、
やむをえず故郷を捨て、新天地に活路を求める人々が多く存在したといいます。
宮沢賢治や寺山修司の文学は、それら東北の貧困や窮状を背景に持っていると
言えるでしょう。
他方第二次大戦後の高度経済成長や、科学技術のめざましい発達は、東北の
農漁村の経済水準を随分向上させ、そのような悲惨さは過去のものとなった
かのように感じさせます。
しかしこの度の東日本大震災による福島原発の事故で明らかになったように、
関東地方に電気を供給するための原発がどうして東北地方に集中しているのか
ということや、この震災で甚大な被害を受けた太平洋側の沿岸部の人口構成が
極端な高齢化に陥っているという事実は、表面的な印象とは違って、問題が
単純ではないことを示しているようにも思われます。
今回取り上げられたような優れた文学作品は、たとえ限られた短い字数では
あっても、私たちを沈思黙考に誘ってくれるように感じられます。
2016年8月17日水曜日
漱石「吾輩は猫である」における、多々良が苦沙弥に語る実業家の利益
2016年8月17日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「吾輩は猫である」連載86には、
苦沙弥先生のもとを訪れた元書生の多々良が、実業家の利得について得意げに
語る、次の記述があります。
「「それだから実業家に限るというんです。先生も法科でも遣って会社か銀行へ
でも出なされば、今頃は月に三、四百円の収入はありますのに、惜しい事で
御座んしたな。・・・・・」」
ここでいう実業家とは、今でいう会社員のようです。この当時の大学卒業者の
社会的地位は、私には実感として分かりかねますが、文科を出ようが、法科、
工科を卒業しようが、かなりのステータスがあったようにこの文章から察せられ
ます。
今日では毎年の大学卒業者は相当な数に上り、就職の難しさも例年話題に
なることなので、我が国全体の教育水準の上昇にも、単純ではない問題点が
あることは、確かでしょう。更には、近年は貧富の格差の拡大による教育機会の
不均等が懸念されるように、問題はますます複雑になって来ているように感じ
られます。
さて同じ大学卒業者でも、片や英文科を出て教師になった苦沙弥先生と、一方
法科を出て実業家になりたての多々良とでは、給金に雲泥の差がある。
これも漱石の実感でしょう。しかし「吾輩は猫である」のこれまでの展開を見て
来ると、彼には安月給の教師としての自負があり、実入りがよい実業家を軽蔑
している。彼はこの小説で、憂さを晴らしているようにも見えます。
苦沙弥先生のもとを訪れた元書生の多々良が、実業家の利得について得意げに
語る、次の記述があります。
「「それだから実業家に限るというんです。先生も法科でも遣って会社か銀行へ
でも出なされば、今頃は月に三、四百円の収入はありますのに、惜しい事で
御座んしたな。・・・・・」」
ここでいう実業家とは、今でいう会社員のようです。この当時の大学卒業者の
社会的地位は、私には実感として分かりかねますが、文科を出ようが、法科、
工科を卒業しようが、かなりのステータスがあったようにこの文章から察せられ
ます。
今日では毎年の大学卒業者は相当な数に上り、就職の難しさも例年話題に
なることなので、我が国全体の教育水準の上昇にも、単純ではない問題点が
あることは、確かでしょう。更には、近年は貧富の格差の拡大による教育機会の
不均等が懸念されるように、問題はますます複雑になって来ているように感じ
られます。
さて同じ大学卒業者でも、片や英文科を出て教師になった苦沙弥先生と、一方
法科を出て実業家になりたての多々良とでは、給金に雲泥の差がある。
これも漱石の実感でしょう。しかし「吾輩は猫である」のこれまでの展開を見て
来ると、彼には安月給の教師としての自負があり、実入りがよい実業家を軽蔑
している。彼はこの小説で、憂さを晴らしているようにも見えます。
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