2021年12月2日木曜日

「鷲田清一折々のことば」2192を読んで

2021年11月2日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」2192では 政治学者・中島岳志の『思いがけず利他』から、次のことばが取り上げられています。    日常では、行為を意思に還元することで、問    題がこじれてしまうことが多々あります。 このことばだけでは、分かりにくいけれど、人の思いや感情は、ある場合にはふとその人 を訪れるもので、例えば謝罪も、言葉を重ねるばかりなら逆に反発を呼びもし、むしろ 申し訳ないことをしたという感情に突き上げられることが、相手に伝わってはじめて成り 立つと、この政治学者は言います。 つまり意思に抑制されるよりも、感情の発露を伴って発せられることばの方が、説得力が ある場合があるということです。 確かに、行為に対して意思を持つことは大切だけれども、それだけではなく、そこに心中 からの思いが伴う時、そのことばや行為は相手に伝わるのでしょう。 だから私なりに解釈すると、何かの意思を相手に伝えようとする時、私たちは全身全霊で それが伝わるように努めなければならない、ということではないでしょうか。 私自身を振り返っても、ついつい日常の忙しさや煩雑さにかまけて、自分の伝えたいこと を相手に伝達する努力が欠けていると、感じることがあります。その結果、こちらの思いが 十分に伝わらなくて、誤解を招くということがあるのではないでしょうか。 何に対しても真摯に向き合う、ということが生きて行く上で大切なのだと、思います。

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