2021年8月6日金曜日
内海健著「金閣は焼かねばならぬ」を読んで
金閣消失を巡り、放火犯で金閣寺の寺僧林養賢と、これを題材に名作「金閣寺」を著した、
作家三島由紀夫の精神世界を描く、第47回大佛次郎賞受賞のノンフィクション作品です。
三島没後50年の記念作品でもあります。
私たち京都人にとって、70年ほど前の金閣消失は、今なお心騒ぐ事件です。放火犯の青年僧
の動機は、金閣の美に魅入られたためであるという通説が一般に流布していますが、現在の
新装なった全身に煌びやかな金箔を纏う麗姿ならともかく、その頃の金閣は金箔も剥げ落ち、
今ほどの光輝もなかったといいます。
無論人の憧憬の対象は様々ですが、そういう前提もあって、今一つ説得力に欠ける動機で
あると感じて来ました。本書は精神科医である著者が専門を活かして、放火犯の実行に至る
精神構造と、その過程を見事に作品に描き出すに至った三島の精神構造を、綿密にあぶり出
しています。
私は精神医学には無知なので、その指摘は逐一新鮮で、また著者は哲学にも造詣が深く、
人間の精神世界を歴史的裏付けを持って彫り深く表現することに長けているので、大変刺激
的に本書を味わうことが出来ました。
さて著者によると、吃音を持ち人一倍生真面目、後には当時宿痾であった結核を発症した
分裂気質の林養賢は、修行僧としての過酷な生活と、観光寺院としての金閣の華やかさの
ギャップ、またあるいは、将来この有名な寺院の住職に成れるかもしれないという野望に
急き立てられて、次第に分裂病の発症の臨界点へと近づいて行きます。
そしてその臨界点で明確な動機もなく放火を実行し、逮捕後一定の時を経てことの重大さに
押しつぶされて、分裂病の症状を呈するようになります。
他方三島は、幼少の頃祖母によって父母からさえ切り離され、周囲から隔絶されて育つと
いう特異な生育環境によって、隔離という自己と周辺世界が隔絶された感覚しか持てない
精神病理を抱えていましたが、「金閣寺」執筆に当たっては、自らを主体と設定して小説を
書き進めることによって、主人公の放火に至る時々の思いに寄り添うことが出来ない資質ゆえ
に、かえって事件の現場での主人公の病理を適確に描き出すことが出来たと語っています。
二つの稀有な精神が火花を上げるその場所に、正に文学が誕生する瞬間を描き出した、読み
応えのある作品でした。
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