2021年8月17日火曜日
黒川創著「ウィーン近郊」を読んで
私は京都に生まれ、同地で教育を受け、就職後一時離れたことはありましたが、結局家業の
白生地店を継いだので、人生の大半をこの地で暮らしています。従って遠い異国の地で、
望郷の念を抱きながら、自死を遂げた本書の主人公の想いは、理解の及ばないところがあり
ます。
しかし複雑な家庭環境や、持って生まれた体質から、故郷に安住の地を見出せなかった彼が、
唯一熱中したラグビーから国際的な視野を持つようになり、ウィーンに行き着いたという
ことには、若き日の私自身にかけていたものを、彼が獲得したという意味において、一目
置く思いがしました。
ですが彼の弔いと事後処理のために、幼い子供を連れて急遽ウィーンに来ることになった、
彼の妹の兄を巡る回想を読むと、彼はこの地では母替わりか、配偶者か判然としないものの、
かなり年上の思慮深い伴侶を得て、その女性の死が彼の自死にもつながる訳ですが、慎まし
いながらも自足した日々を送っていたように思われます。その意味で彼の人生は、決して
悲惨ではなかったと、私は感じました。
他方、彼と同じ家庭環境に育った妹は、自立心の旺盛な人だと感じます。単身で養子に迎え
た幼児を養育しながら生計を立て、今回も一人で子供を連れてウィーンにやって来ます。
彼女の成人するまで苦労を共にした兄への想いは深く、葬送のためのウィーン訪問にも、
兄妹の強い絆と愛情を感じます。
しかし、この妹が自ら夫婦仲が悪い中で、特別養子縁組で生まれて間もない子供を迎えた
ことには、釈然としないものを感じました。自身の離婚を想定してもそのようなことは可能
か?つまり、この兄妹の自由さが、私の肌に合わないのかも知れません。
さて一方、本書のもう一人の重要な登場人物で、この兄の死後の手続きや遺族のサポートを
担う、在オーストリア日本国大使館領事の男性は、主人公と同じ元外務省派遣員の立場から
外交官になったという意味で、対照をなします。彼も、この在留邦人の死者のその経歴を
踏まえて、それとは悟られないように、遺族である妹の世話を行っているように推察され
ますが、この自殺事件を切っ掛けに、自身の来し方を顧みずにはおかれなかったように、
思われます。彼の生き方は、地に足が着いたものであると感じました。
ヨーロッパの国に単なる旅行者ではなく、滞在する邦人の暮らし方の一端を、知ることが
出来たことも、貴重であると感じられました。
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